あまのとの

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    内裏に、くひなの鳴くを、七八日の夕月夜に、小少将の君

 73 天のとの 月の通ひ路 ささねども いかなる方に たたくくひなぞ

    返し

 74 まきの戸も 閉さでやすらふ 月影に なにをあかずと たたくくひなぞ


【通釈】

    内裏で水鶏の鳴くさまを、六月七、八日ごろの新月の出た夜に、小少将の君が詠んだ歌

  空にあるという天の門(と)は月の通い路を閉ざすことはないように、月卿雲客の通り道
  も閉ざしてなどいないのに、水鶏はいったいどちらの局の戸を、叩いているのかしら。

    返事

  真木の戸に錠もかけずに、寝るのをためらいつつ眺めている月明かりの夜に、
  何を不満げに、水鶏は叩いているのでしょう。
 

【語釈】
●くひな……夏クイナ、ヒクイナのこと。夏期に日本へ渡来する。
●七八日……寛弘6年6月7、8日のこと。
●夕月夜……陰暦七八日ころまでの夕方に出る月、またはその月の出る夜。ここは後者。
●天のと……天の門。大空に、宮中の局の戸を懸ける。
●天のとの月の通ひ路……月の通う天井の門口。
●月……月卿雲客のことを指す。
●いかなる方に……わたしのところへは来ないで、いったいどなたの局を。いかなる「方に」と「潟に」を懸ける。
●まきの戸……「ま」は美称の接頭語。真木は建築材料として良質の檜。
●鎖さでやすらふ月影に……戸に鍵もかけないで、あなたが来られるか、わたしが伺おうかと、躊躇われる美しい月あかりの夜に。
●あかずと……開かずに、飽かずを懸ける。水鶏が「戸が開かない」と飽きもせず。
●なにをあかずとたたく……「なにを」が「あかず」に係るか、「たたく」に係るかで訳が分かれる。
・「あかず」に係る(何が開かないで不満だといって) 『集成』『評釈』『国文』『大系』『叢書』『全評』
・「たたく」に係る(何を叩くのだろう) 『論考』


【参考】
『新勅撰集』雑一、1061
「ゆふ月夜おかしき程に、水鶏の鳴侍ければ
天の戸の 月の通ひ路 ささねども いかなるかたに たたく水鶏ぞ」
『新勅撰集』雑一、1062
「返し、                紫式部
真木の戸も ささでやすらふ 月影に なにをあかずと たたく水鶏ぞ」