しのびつる

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    薬玉おこすとて

64 忍びつる ねぞあらはるる あやめ草 いはぬに朽ちて やみぬべければ

    返し

65 今日はかく 引きけるものを あやめ草 わがみがくれに ぬれわたりつる

【通釈】

    薬玉をよこしたときに付いていた歌

  隠れていたあやめの根も、岩沼の中で朽ち果ててしまうところを、今日は引き出され、
  表に見えるのです。わたしもあなたへの思いをここにお見せします。
  言わなければ、あなたはずっと里居を続けることになってしまいそうですので。

    その返事

  今日はこんな風に、あやめ草を引いて贈ってくださった(わたしを誘ってくださった)
  というのに、我が身は水に隠れるあやめの根のように、涙に濡れて里居していることです。
  

【語釈】
●薬玉……五月五日の節句に、邪気を払い、息災を願って作られた。麝香・沈丁・丁字などの香料を丸め、錦の袋に入れ、菖蒲・蓬などの草花に結び、五色の色糸で飾り、柱や簾などに吊り垂らしたもの。平安朝では宮中の糸所にて制作、献上された。9月9日の重陽の節句までは夜の御殿の東の柱に掛け、その後シュユと取り替えた。貴族の間では女性が作り、親しい人に贈る習慣があった。
●忍びつるね……水に隠れていた菖蒲の「根」と、表に出さないでいた「音(ね)」を懸ける。音については諸説あり。
・心に秘めていたことば 『評釈』 ・あなた(式部)への思い『集成』『大系』『叢書』『国文』
・言いたいこと、本音 『全評』 ・泣き声 『論考』
●いはぬに朽ちてやみぬべければ……「いはぬ」は岩沼。岩垣沼(岩が自然に垣のように取り囲んでいる沼)。沼の中で朽ち果ててしまうように、表に出ずに終わってしまうという意味を込める。
●かく引きけるものを……「あやめを引いて贈ってくださったのに」の意に「このように再出仕するよう誘ってくださったのに」を懸ける。
●わが身がくれに……「身」に「水(み)」を懸け、水隠れという意を込める。
●ぬれわたりつる……涙に濡れる。