はじめて内わたりを見るにも、もののあはれなれば
57 身の憂さは 心のうちに したひきて いまここのへぞ 思ひ乱るる
まだ、いとうひうひしきさまにて、古里にかへりて後、ほのかに語らひける人に
58 閉ぢたりし 岩間の氷 うち解けば を絶えの水も 影見えじやは
返し
59 深山辺の 花吹きまがふ 谷風に 結びし水も 解けざらめやは
正月十日の程に、「春の歌奉れ」とありければ、
まだ出でたちもせぬかくれがにて
60 み吉野は 春のけしきに かすめども 結ぼほれたる 雪の下草
【通釈】
初めて内裏となっている一条院御所での生活をするにつけても、
物思いに耽ることがあって
我が身の憂さは心の中に追いかけてくるように忍び寄ってきて、
いま九重と呼ばれる宮中で、幾重にも思い乱れることだ。
まだ、本当に新参者という様子で、自分の家に帰ってから後、
ほんの少し語り合った人に
凍り付いてしまった岩間の氷が溶けたならば、流れが途絶えていた水も
姿を現さないと言うことがありましょうか。春になってわたしの憂愁が消えたら、
ふたたび宮中に再び参りましょう。
返事
深山辺の花が散り乱れるほどに吹く谷の暖かな風に、氷っていた水もどうして
溶けないことがありましょうか。中宮の慈愛はわたしたち皆を包んでいますから、
あなたの凍りついた心も溶けましょう。また姿を見せてくださいな。
正月十日ごろ、「春の歌を献上せよ」との命があったので、
まだ出仕もしないまま、自分の家から、