門(かど)たたきわづらひてかへりにける人の、翌朝(つとめて)
49 世とともに 荒き風吹く 西の海も 磯辺に波は 寄せずとや見し
と、うらみたりける返事に
50 かへりては 思ひ知りぬや 岩かどに 浮きて寄りける 岸のあだ波
年かへりて、「門はあきぬや」といひたるに
51 誰が里の 春のたよりに うぐひすの 霞に閉づる 宿を訪ふらむ
【通釈】
(わたしに逢うために)家の門を叩いて案内を乞うたが、門を開けなかったので
叩きあぐね、あきらめて帰った人が、翌朝に寄越した歌
いつも激しい風が吹く西国の海でも、磯辺に波が打ち寄せなかったことがあるだろうか。
わたしという波があなたという磯辺にこんなに手厳しくはねつけられるとは。
と恨み言を言ってきた返事に
京に帰ってきた今こそは、思い知ったことでしょう。風もないのにむやみにたち騒ぎ、
岸辺に打ち寄せるうわついた波(あなた)は堅固な門に阻まれて打ち寄せることなど
できないということを(意志の固いわたしに逢うことなどできませんよ)。
年が明けて、「門は開きましたか」と言ったので
どの里から春が来たと聞いて(どなたに誘われて)、鶯は霞に閉じこもっている宿
(喪中であるわたしの家)をも訪れるのでしょう。
【語釈】
●門たたきわづらひて……「動詞+わづらふ」は〜しかねる、〜できないで悩む。式部の家を訪ねて門を叩いたが、式部が開けさせなかったので叩きくたびれて。
●世とともに……つねづね、いつも。
●荒き風吹く西の海……この歌の作者は西国の受領などの経験者であろう。
●磯辺……波が打ち寄せる海辺、男が言い寄る女のもと。
●かへりては……副詞「かへりて(逆に)」+強調助詞「は」。「帰り」と「返り」を懸ける。筑紫から京に帰ってきたいまこそは。
●思ひ知りぬや……はっきりと身に染みて感じられた、なるほどと納得なさったことでしょうねえ。
●岩かど……岩角と岩門を懸け、式部自身の意志堅固なさまをいう。
●浮きて寄りける……誠意もないのに言い寄ってきた。
●岸のあだ波……風もないのに、むやみに立つ波。浮ついた心を持つ男の形容。
年かへりて……長保4(1002)年になって。
●門はあきぬや……年も明けて、閉ざしていたあなたの心も開きましたか、という思いが込められているが、この言葉には喪が明けたかと尋ねる気持ちが入っているかどうか。
・入っている 『集成』『復元』『新書』『国文』 ・入っていない 『叢書』『全評』『論考』
式部の喪は5月まで明けないことは、相手の男にはわかっていたはずで、ここは単に自分を受け入れる気になったかと問うているとみたい。
●誰が里……どの女の家。
●春のたより……春が来たという知らせ。
●霞に閉づる……式部が喪中であることを表す。長保3(1001)年4月25日から1年間。
【参考】
『続拾遺集』恋五、1038
「磯辺に波はよせずとや見し、と申しつかはしたりける人の返事に
かへりては 思ひしりぬや 岩角に 浮きてよりける 岸のあだ波」
『千載集』雑上、959
「十二月ばかりに、門をたたきかねてなむ帰りにし、と恨みたりける男、年かへりて、門はあきぬらんやといひて侍りければ、つかはしける
たが里の 春のたよりに うぐひすの 霞に閉づる 宿をとふらむ」