亡くなりにし人のむすめの、親の手にて書きつけたりけるものを、見て言ひたりし
42 夕霧に み島がくれし 鴛の子の 跡をみるみる まどはるるかな
同じ人、荒れたる宿の桜の、おもしろき事とて、折りておこせたるに
43 散る花を 嘆きし人は このもとの さびしきことや かねて知りけむ
「思ひ絶えせぬ」と、亡き人の言ひける事を、思ひいでたるなり
【通釈】
亡くなった人の娘が、親が文に書きつけてあったものを見て言ってきた。
夕霧の中に隠れて行ってしまった鴛鴦の子の、親の跡を何度も見ては惑いを覚えることです。
同じ人が、荒れた家の桜がきれいだというので、折ってよこした歌
桜が散るのを嘆いていた人は、木の根元が淋しい風景であるように、
子のわたしが淋しいと思うことを前から知っていたのだろうか。
【語釈】
●亡くなりし人のむすめ……亡くなった宣孝と別の妻の娘。
●親の手にて書きつけたりけるもの……『全評』は父宣孝の書風で、娘が筆跡をまねして書いたものというが、これは不自然。親の筆跡で書きつけてあったもの、すなわち宣孝の筆跡。
●言ひたりし……『全評』は主語を式部ととり、42番歌作者を式部とするが、如何。主語は宣孝の娘であろう。
●み島がくれし……「み」は美称だが、「見」を懸ける。『全評』は42番歌作者を式部とするため、見し間もなく(結婚してまもなく)かくれた(死んだ)夫の意があるとするが、如何。
●鴛鴦の子……おしどりが、仲良く羽根を交わすように、仲むつまじい夫婦の子。
●見る見る……じっと見ながら。
●このもと……「木の下(もと)」と、「子の許」を懸ける。
●「思ひ絶えせぬ」……「咲けば散る咲かねば恋し山桜思ひ絶えせぬ花の上かな(拾遺集、春、36、中務)」の歌から、自分の亡き後の我が子を案じていた。