しりぬらむ

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    塩津山といふ道のいとしげきを、賤の男(を)のあやしきさまどもして、
    「なほ、からき道なりや」といふを聞きて

23 知りぬらむ 往来(ゆきき)に慣らす 塩津山 世に経る道は からきものぞと

    湖に、老津島といふ洲崎に向ひて、
    童べの浦といふ入海のをかしきを、口ずさびに

24 老津島 島守る神や いさむらむ 波もさわがぬ わらはべの浦

【通釈】

    塩津山という道の、うっそうと木が茂っていて邪魔になるところを、
    卑賤の男たちのみすぼらしい身なりをしているのが、「何度通ってもやはり、
    険しい道だなあ」と言うのを聞いて

 いま知ったことでしょう。何度も通い慣れた塩津山でも、越えるのは辛いのです。
  まして世の中を生きていくという道はたいそう険しいものだということを。

    琵琶湖上で、老津島という洲崎があるのに向かっていくとき、童べの浦と
    いう入海のきれいなところがあって、心に浮かぶままに

  老津島の老いた島守の神が諫めているからでしょう、童という名からは
  さわがしいと思える童べの浦が、浪も穏やかなのは。
 

【語釈】
●塩津山……琵琶湖の北端、伊香郡西浅井町塩津付近の山。塩津は北陸へ向かう時の要港、琵琶湖北岸から敦賀へ向けて塩津海道と呼ばれる道が南北に走っており、式部も越前へ向かう際に使ったと思われる。
●道のいとしげきを……草木がたいそう茂っていて歩きにくいので。
●賤の男……現地で雇った、身分低い輿担ぎの男たち。
●あやしきさま……みすぼらしいなりをして。
●からき道なりや……歩きづらい道だなあ。「からき」に塩津の塩から連想される「塩辛い」を懸ける。
●ならす……たびたび通って歩き馴れている。塩の縁語として「潮馴る」があり、ここからからい(つらい)塩津山の道にも慣れているはずだと言う。
●世に経る道……この世で生活していく道。
●島守る神……奥津島神社の神。
●老津島……近江八幡市の奥津島。昔は湖上に浮かぶ島であったのが、干拓で半島のようになっている。麓の北津田町に大島・奥津島神社がある。延喜式巻三、巻十には「奥津島(おいつしま)神社」とある。沖島東方の対岸にある洲崎。
●洲崎……水底が盛り上がって、水面に現れたところを洲といい、それが岬のように海や湖に突き出ているところ。
●童べの浦……大中湖の東北方、神埼郡能登川町大字乙女の浜か。
●入海……入江。陸地に入り込んだ湖。
●口ずさび……誰に聞かせることもなく、思いつくままに歌や詩を詠むこと。
●島守る神……奥津島を守護する奥津島神社の祭神、多紀理昆売命と須佐之男命、
●いさむらむ……諫めていらっしゃるのだろう。

【参考】
『続古今集』雑中、1706
「塩津山といふ道をゆくに、賤の男の、いとあやしきさまにて、「なほ、からき道かな」といふを聞きて、 よみ侍りける
知りぬらむ ゆききに慣らす 塩津山 世に経る道は からきものぞと」

【考論】
式部一行が越前へ向かった道は、琵琶湖南端から舟で北上して北端のへ行き、そこから陸路を塩津山越えしていくというものである。となると、この23・24番歌は明らかに順序が逆である。