こ少将の君の書き給へりしうちとけ文の、物の中なるを見つけて、
加賀少納言のもとに
126 暮れぬ間の 身をば思はで 人の世の あはれをしるぞ かつは悲しき
127 誰か世に ながらへて見む 書きとめし 跡は消えせぬ 形見なれども
返し
128 なき人を しのぶることも いつまでぞ 今日のあはれは あすの我身を
【通釈】
生前の小少将の君がお書きになった私信が、物の中にまぎれているのを
見つけて、加賀少納言のもとに贈ったのに付けた歌。
わが身もその日一日が暮れるまでの間の短い命だとも思わずに、
一方で人の命のはかなさを知ることは、悲しいことですね。
誰が後の世に長らえて、見てくれるというのでしょう。故人が書いた筆跡と
いうものは、消えることのない形見ではあるけれど。
返事
故人をなつかしく思い出すのも、いつまでのことでしょう。今日はかないと思っている
人の死も、明日は我が身の上に訪れるかもしれないのですもの。
【語釈】
●加賀少納言……素性不明。小少将の君のゆかりの人物か。『新古今集』詞書では「ゆかりなる人」とあることから、小少将の君の従兄と結婚した藤原為盛女ではないかとする説がある。
・藤原為盛女 『全評』
●暮れぬ間の身……朝、日の出から日が暮れるまでの、短い人の命。
●人の世のあはれ……他人の命のはかなさ。
●今日のあはれ……今日、他人の死を感慨深く悼んでいるこの気持ち。
【参考】
『新古今集』哀傷、816
「うせにける人の文の物の中なるを見出でて、そのゆかりなる人の許につかはしける
暮れぬ間の 身をば思はで 人の世の あはれをしるぞ かつは悲しき」
『新古今集』哀傷、817
「上東門院小少将身まかりて後、つねにうちとけて書きかはしける文の、物の中に侍りけるを見いでて、加賀少納言がもとにつかはしける
誰か世に ながらへて見む 書きとめし あとは消えせぬ かたみなれども」