すまひ御覧ずる日、内にて
121 たづきなき 旅の空なる すまひをば 雨もよに訪ふ 人もあらじな
返し
122 いどむ人 あまたきこゆる ももしきの すまひ憂しとは 思ひしるやは
雨降りて、その日は御覧とまりにけり。あいなのおほやけごとどもや。
【通釈】
帝が相撲の行事を御覧になった日、内裏にて
相撲の行事が中止になって、何をするでもなく、旅の空の下にある相撲人たちと同じように、
宮仕えで仮寝をしている旅の最中のようなわたしを、この雨の最中に訪れる人もいないでしょうねえ。
返事
相撲を挑むように、あなたに求愛する人は多いと聞いていますのに、その
宮仕え生活がつらいものだとは、身に染みて思っているわけではないでしょう。
雨が降って、その日は相撲御覧は取りやめになってしまった、興醒めな行事だこと。
【語釈】
●すまひ御覧ずる日……毎年7月、天皇が宮中で全国から召し集めた屈強の若者たちの相撲をご覧になる節日。毎年2〜3月、左右近衛府から部領使(ことりづかひ)を全国に派遣、相撲人を徴発、7月15・16日ころ「召仰せ(相撲御覧を行うという勅命)」、7月26日に「内取り(仁寿殿の東庭で下稽古)」、28日に「召合せ(紫宸殿前で勝者選抜相撲)」、29日ごろ「抜き出し(前日の勝者から選抜し御前相撲)」と続く。ただし、一条朝ごろには日程は不定。ここでは雨が降って中止になったとあるので、寛弘4(1007)年8月18日の臨時相撲か。一条天皇の崩御後、式部が彰子に従って、枇杷殿に退出した後も候補に入れるなら、長和2(1013)年7月27日も可能性はある。
・長和2年 『基礎』『評釈』『国文』『叢書』 ・寛弘4年 『全評』『大系』
●たづきなき旅の空なるすまひ……集まった力士たちが、故郷から離れた京にいて、しかも雨で相撲もできない、なすこともない旅であるのと同じように、宮仕えの宿直をする式部たちもまた、行事を見られず、することもなく旅の仮寝のような場所(宮中)にいる。「相撲」と「住まひ」を懸ける。
●たづきなき……121番歌を友人とする説がある。
・友人の歌 『基礎』『叢書』 ・式部の歌 『評釈』
●雨もよ……雨が降っている夜。「雨をもよおす」の意に「夜」を懸けたもの。
●いどむ人あまたきこゆる……表の意味は「相撲を挑む人が大勢いる」だが、
・式部に言い寄る人が大勢いる 『国文』
・宮仕えにおいて競争する人が大勢いる 『評釈』『大系』
●ももしきのすまひ……宮中で行われる相撲御覧の行事と、宮中の暮らし。
●思ひ知る……身に染みて感じる。
●御覧とどまりにけり……「とまりにけり」とあるのを採るべきか。
●すまひ憂しとは思ひしるやは……訳が2説ある。
・(競争する人が多い宮仕え生活は)住み憂いものと思い知ったでしょう。 『評釈』『大系』『集成』
・(求愛する人が多いのに、宮仕え生活が)住み憂いと思い知っているはずがない 『論考』『国文』
●あいなの……興醒めな、ままならぬ。