時雨する日、小少将の君、里より
116 雲間なく ながむる空も かきくらし いかにしのぶる 時雨なるらむ
かへし
117 ことわりの 時雨の空は 雲間あれど ながむる袖ぞ かわく世もなき
【通釈】
時雨の日、里居している小少将の君が、自邸より
雲の絶え間がないように、あなたを慕ってずっと眺めている空をも曇らせて、
どれほど降るのを堪えていた、時雨なのでしょうか。そしてわたしも、あなたを
恋い慕って、どれほど涙を流せばよいのでしょうか。
返事
今時分降るのが当然という時雨、その時雨が降る空はときには雲の切れ間も
あるというものだけれど、わたしがあなたを思って涙を流す袖は、乾くときとてないのですよ。
【語釈】
●時雨する日……寛弘五(1008)年十月十余日(『紫式部日記』)。
●雲間なく……「雲の切れ目もなく(かきくらし)」と「絶え間なく(ながむる)」を懸ける。
●いかにしのぶる……「しのぶ」を恋い慕う、隠忍する、のどちらと取るかで訳が変わる。
・誰を、どのように慕って降るのでしょうか 『評釈』『全評』『国文』
・どうしてあなたを恋い慕って、こんなに涙が出るのでしょう 『叢書』
・何を思い慕って、こんなに降るのでしょうか 『大系』
・(式部が)どんなにつらいお心をこらえていらっしゃる 『論考』
●しのぶる……「偲ぶる」に「降る」を懸ける。
●ことわりの時雨……今の初冬の時期、降るのが当然の時雨。
●ながむる袖……あなたを思って涙している、わたしの袖。
【参考】
『紫式部日記』
「小少将の君の文おこせたまへる返り事書くに、時雨のさとかきくらせば、使も急ぐ。「空の気色も心地さわぎてなむ」とて、腰折れたることや書きまぜたりけむ、立ち返りいたうかすめたる濃染紙に
雲間なく ながむる空も かきくらし いかにしのぶる 時雨なるらむ
書きつらむこともおぼえず、
ことわりの 時雨の空は 雲間あれど ながむる袖ぞ かわくまもなき」
『新勅撰集』冬、380
「里にいでて、時雨しける日、紫式部につかはしける 上東門院小少将
雲間なく ながむる空も かきくらし いかにしのぶる 時雨なるらむ」
『新勅撰集』冬、381
「ことはりの 時雨の空は 雲間あれど ながむる袖ぞ かはくよもなき」