きくのつゆ

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    九月九日、菊の綿を上の御方よりたまへるに

115 菊の露 若ゆばかりに 袖ふれて 花のあるじに 千世はゆづらむ


【通釈】
 
    九月九日、重陽の節句に使った菊の着せ綿を道長の北の方からいただいたときに、

  菊の着せ綿に付いた露には、わたしは少し若返ろうかという程度に袖を触れ、あとは
  花をくださった北の方さまに拭っていただき、千世に続く寿命をおゆずりいたしましょう。

【語釈】
九月九日……寛弘5年9月9日の重陽の日。
菊の綿……前日の8日から菊の花の上に綿を着せておき、9日の朝、夜露に濡れて菊の香りの移った綿を取って、顔や体を拭い、若返りのまじないとした。菊の着せ綿という。
●上の御方……貴人の北の方を指す。ここは道長夫人の倫子、当時45歳。
●菊の露……菊の露に、「つゆ(少し・わずか)」の意を掛ける。

若ゆばかりに……若返る程度に。
●花のあるじ……菊の花を贈ってきた倫子。式部の祖父、藤原雅正の歌が先蹤詠か。
 「隣に住み侍りける時、九月八日、伊勢が家の菊に、綿を着せにつかはしたりければ、又のあした、折りて返すとて
  数知らず 君がよはひを 延ばへつつ 名だたる宿の 露となるらむ (後撰集、秋下、393、伊勢)
  かへし
  露だにも 名だたる宿の 菊ならば 花のあるじに 幾代なるらむ (同上、394、藤原雅正)」
●千世はゆづらむ……菊の露に触れると寿命が延びる、その千年もの命をおゆずりしましょう。