なほざりの

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    門の前よりわたるとて、「うちとけたらむを見む」とあるに、書きつけて、返しやる

113 なほざりの たよりにとはむ ひとことに うちとけてしも 見えじとぞ思ふ

    月見る翌朝(あした)、いかにいひたるにか

114 よこめをも 夢といひしは 誰なれや 秋の月にも いかでかは見し

【通釈】
 
    わたしの家の門前を通り過ぎて行くというので、「あなたのご機嫌が直っているならば
    逢いましょう」と手紙に書いてあるのに、返事を書いて返した。

  いい加減な気持ちで、ほかの女のところへ行くついでに、ちょっと言葉を一言よこしたくらいで、
  わたしは機嫌を直したりなど、するまいと思いますよ。

    仲秋観月の翌朝、向こうからどんなふうに言ってきたものであったか、

  浮気など、決してしませんと言ったのは誰でしょう、
  あなたにとってはわたしは飽きの月で、秋の月(ほかの女)を
  どのようにごらんになったのでしょう。  

【語釈】
うちとけたらむを見む……外見(服装)が「うちとけた」様子とする説と、心情の「うちとけた」様子とする説がある。
・よそよそしくはなく、気軽に親しみやすい様子を見たいものです 『全評』
・普段着で気楽にしている昼間、逢いたいものです 『評釈』『集成』『叢書』『新書』
・心のわだかまりがとけたら、見よう  『国文』『論考』 ・心情、外見の両方 『大系』

なほざりのたよりにとはむ……いい加減な、ほかの女の所へ行くついでなどにわずかに声をかけてきた。
●ひとことに……濁点を付けるかどうかで意味が変わる。
・一言に 『論考』          ・人言に(世人の噂に) 『評釈』
・人言に、に一言を懸ける 『大系』   ・人毎に(問う人ごとに) 『新書』

月見る翌朝……仲秋の観月(八月十五夜)の翌朝。宣孝と式部の結婚生活中で八月は2回しかなく、しかも長保2(1000)年の8月15日は大雨、洪水であったので、長保元(999)年の詠であろう。
●いかにいひたるにか……朧化した表現だが、109番歌と同様、宣孝が夜離れのいいわけをしてきたのだろう。
よこめ……「横目」と「夜ごめ」の二通りの解釈がある。
・「横目」浮気をしておきながら 『全評』『論考』『経緯』『集成』『叢書』『大系』
・「夜ごめ」夜ごもり 『評釈』
●よこめをも夢……「夢」に「決して〜しない」の意があり、訳が諸説ある。
・浮気を決してするな(と宣孝が言った) 『論考』
・浮気は決してしません(と宣孝が言った) 『評釈』『大系』『集成』
・浮気をするな、わたしもしないから、と宣孝が言った 『人物』

秋の月……仲秋の月と、「飽き」を懸ける。
●いかでかは見し……訳が諸説ある。
・どのように月を見たのですか(宣孝へ問いかけ) 『叢書』『集成』『国文』
・どのように月を見たのか
(式部の自問)『評釈』
・どうして夢を見たりしましょうか 『大系』『新書』
・(いかでかは「見じ」)飽きの月として、どうしてごらんにならないことがあるでしょうか 『論考』

【参考】
『玉葉集』恋三、1546
「門の前を通るとて、打とけたる様を見むと、人の申して侍りければ、返事にかきてつかはしける

等閑の 便にとはむ 一言に 打とけてしも みえじとぞ思ふ」