うちしのび

ホーム 上へ

    人のおこせたる

109 うち偲び なげき明かせば 東雲の ほがらかにだに 夢をみぬかな

    七月ついたちごろ、あけぼのなりけり。

    返し

110 しののめの 空霧りわたり いつしかと 秋のけしきに 世はなりにけり

【通釈】
 
    あの人の寄越した歌

  あなたのことをひそかに想い、逢いたいものだと嘆いているうちに夜を明かしたので、
  東雲のころははっきりと周りが見えるように、あなたのことを夢に見るはずだのに、
  それさえかないませんでしたよ。

    七月一日ごろ、あけぼののころであった。

    
返事

  東雲の空は「ほがらか」どころか秋霧が一面にたちこめて、いつのまにか
  秋の情景が広がっているように、わたしとあなたの仲も秋風が立ち、
  わたしは飽きられてしまった様子ですわねえ。

【語釈】
●人のおこせたる……「人」を宣孝とみる説が多い。
・宣孝 『集成』『新書』『経緯』『叢書』『評釈』『論考』
東雲……あけぼのと同じ、夜が明けようとする時分。
●東雲の……「ほがらかに」「明るく」などの枕詞。夜明け前の薄暗い折と同様に、ぼうっとしていて。
ほがらかにだに夢を見ぬ……はっきりと、夢を見るはずが、夢さえも見なかった。
七月ついたちごろ、あけぼのなりけり……次の「返し」と行を分けてある本とない本がある。
・左注 『全評』『論考』『叢書』 ・詞書だが、左注を兼ねる 『集成』『大系』
霧りわたり……一面に霧がたちこめ。
いつしかと……いつの間にか。
秋のけしき……「秋の情景」に、「飽きの気色」を懸ける。
●世はなりにけり……「世」は男女の仲。

【参考】
『玉葉集』秋、449
「七月一日、あけぼのの空をみてよめる
しののめの 空霧りわたり いつしかと 秋のけしきに 世はなりにけり」