あらためて

ホーム 上へ


    む月の三日、内より出でて、ふる里の、ただしばしのほどに、
    こよなうちりつもり、荒れまさりにけるを、こといみもしあへず

106 あらためて けふしもものの 悲しきは 身の憂さやまた さま変りぬる

    五節のほどまゐらぬを、「くちをし」など、弁宰相の君ののたまへるに

107 めづらしと 君し思はば きて見えむ 摺れる衣の ほど過ぎぬとも

    返し

108 さらば君 山藍(やまゐ)のころも すぎぬとも 恋しきほどに きても見えなむ


【通釈】
 
    正月の三日、宮中より退出してみると、自邸がほんのしばらく空けていただけで、
    たいそう塵が積もり、荒れが目立っているのだった。不吉なことを言うのは
    避けるべきだろうが、それもしきれずに

  今までも夫との死別の哀しみなどを味わってきたが、年があらたまった今日の今日、
  このめでたい正月に今更悲しさを感じるのは、年が変わったように、宮仕えをして、
  変化した身の上や境遇からくる、以前とは違ったつらさがあるからだろうか。

    五節のころに、宮中に出仕していないのを、「残念です」などと、
    弁の宰相の君のおっしゃったのに

  わたしのことをなつかしいと、あなたが思ってくださるのなら、出仕してお目に
  かかりましょう。五節の舞姫が小忌衣を着る時季が過ぎてしまったとしても。

    返事

  それならば、山藍の小忌衣の時季は過ぎてしまったとしても、わたしが恋しい
  と思っている間に、出仕してわたしの前に姿を見せてくださいな。

【語釈】
む月の三日……寛弘4年1月3日か。
ふる里……宮仕えする先(宮中)に対して自邸を指す。
塵つもり……床・枕・常夏などの縁語。独り寝の寂しさを表現するのに用いられた。
言忌みもしあへず……めでたい正月には不吉なことを言うのは避けるのが本来だが、それもしきれずに。
●あらためて……年のあらたまったことを懸ける。

今日しも……よりによって今日に、こともあろうにめでたいこの正月の今日。
ものの悲しき……何かにつけて、悲しく感じられる。
身の憂さ……身分・境遇といった、現実的な憂い。
さま変りぬる……宮仕え生活という変化による、また別の憂さが生じたことを指す。
五節のほどまゐらぬを……寛弘6年11月の五節を指す。
弁の宰相の君……大納言藤原道綱女、藤原豊子。敦成親王乳母。大江清通妻。
めづらし……なつかしい、すばらしい。
すれる衣……小忌衣(白布に山藍の汁で草木や小鳥などの文様を青く擦りつけた、狩衣に似た衣服。右肩より二本の赤紐をたらし、冠に日蔭のかづらを着ける。大嘗会・新嘗会・豊明・五節の折などに、上卿・参議・弁官・舞人などが装束の上に着た)。
ほど過ぎぬ……小忌衣の時期である五節が過ぎた。
ころも……衣に「頃も」を懸ける。
●恋しきほどに……「ほど」の訳が二通りある。
・恋しいと思っているので 『評釈』『集成』『全評』『国文』『叢書』
・恋しいとわたしが思っている間に 『論考』『大系』

きて……「着て」と「来て」の掛詞。
●見えなむ……「見え」は下二段自動詞「見ゆ」の未然形。「見ゆ」は「見る」の自発・受身の意から転じたもの。「見せる」の意になる。