あひみむと

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    筑紫に、肥前といふところより、文おこせたるを、
    いとはるかなるところにて見けり。その返ごとに

18 あひ見むと 思ふ心は 松浦(まつら)なる 鏡の神や 空に見るらむ

    返し、又の年もてきたり

19 ゆきめぐり あふを松浦の 鏡には 誰をかけつつ 祈るとか知る

【通釈】
    筑紫の肥前というところから、手紙をよこしたのを、
    わたしはたいそう離れたところで見たのだった。その返事に
     
   あなたに逢いたいと待ち望んでいるわたしの心は、こちらの松浦に
  鎮座なさる鏡明神も、きっと空からご照覧でいらっしゃることでしょう。
  
    返事は、翌年に持ってきたのだった。
     
   時がめぐり、京に戻ればまた巡り会えますようにと待っている、そんな想いを
  鏡明神に祈っている、これは誰のことを心に懸けているからか、知って
  いらっしゃいますか(もちろん、あなたですよ)。  
     
【語釈】
●いとはるかなるところ……越前国府の所在地武生。
●思ふ心は……「は」は係助詞で強調の意を込める。あなたに逢いたいと思う心こそは。
●松浦……佐賀県と長崎県にまたがる、唐津湾の内側の沿岸地域。「松」と「待つ」を懸ける。
●鏡の神……現在の佐賀県唐津市鏡にある鏡明神。一の宮に神功皇后、二の宮に藤原広嗣を祭る。一節に松浦佐夜姫を祭る。
●空に見るらむ……大空からご照覧でしょう。
●又の年……長徳3(997)年。
●ゆきめぐり……年月を経て。 
●誰をかけつつ……誰に逢いたいという願いを始終心にかけて。
●祈るとか知る……「知る」の主語を鏡明神とする説がある。「鏡には」を主語ととると、「鏡明神は私が誰を心に懸けて祈っているか、ご存じないようです」となるが、不自然。「には」は「〜におかせられては」という意味だが、平安時代には使用されていないという『全評』の主張が妥当か。
・主語は式部 『全評』『新書』『評釈』『集成』 ・主語は鏡明神 『論考』

【参考】
『新千載集』恋二、1231
「浅からず頼めたる男の、心ならず肥前国へまかりて侍りけるが、便りにつけて文おこせて侍りける返事に
あひ見むと 思ふ心は 松浦なる かがみの神や かけて知るらむ」
『夫木抄』雑十六、1174
「あひみんと おもふ心は まつらなる かがみの神や そらにしるらむ」