書名 |
作者 |
文庫名 |
概要 |
陰陽師
(続刊:飛天の巻・付喪神の巻・鳳凰の巻) |
夢枕獏 |
文春文庫
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安倍晴明が飄々としており、正義漢でもなければ悪漢でもない、とらえどころのなさが売り。親友(?)源博雅の愚直と言えるほどのまじめさは、そうした晴明と絶妙な取り合わせ。博雅との酒を酌み交わしながらの会話はテンポがよく、味がある。「呪(しゅ)とは何ぞや」という哲学的なことまで話題にし、また話題に上った事柄が、後に二人が遭遇する奇怪な事件の鍵を握っている、ということが多い。一話一話にきちんと季節が設定されており、季節の花や自然が描かれるところも秀逸。「平安時代とは、雅な闇の時代」という言葉も言い得て妙。 |
陰陽寮 1〜4 |
富樫倫太郎 |
徳間書店 |
安倍晴明だけが主人公というわけではなく、道長とその部下、丹波の山に住む「来留須」の一族、大江山の盗賊etc……多数の登場人物がそれぞれ主人公として語られる大河小説とも言うべき長編。晴明の小説には敵と戦う場面がよく描かれるが、この作品もご多分にもれずアニメ張りのシーンが繰り広げられる。ただ、人物は高尚であれ低俗であれ、みな目的・信念・欲望があって行動しており、荒唐無稽な筋立ても鼻につくと感じることはない。 |
陰陽宮 1〜8
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谷恒生 |
小学館文庫 |
史実で言えば、兼家が花山天皇を退位させ、権力を手中にした寛和年間から物語が始まる。道長が安部晴明の守護を得ながら権力を手中にする過程が描かれる。史実を下地にしたストーリーだが、娯楽性十分。ただし、随所で時代考証に難あり。道長が勧学院の学生であったという設定や、平安時代に「料亭」や「五十畳敷きの座敷」があったというのは疑問。実際には20年後に起こる平忠常の乱も話の都合上か早められ、征夷大将軍として道長が東国へ乗り込むのも荒唐無稽にすぎる。また、紫式部が「小子姫」という名で登場するのはいいが、10代で印税を稼ぎ、式部省に勤めるという話も乱暴。 |
平安陰陽奇譚
天狗変 |
如月天音 |
学研 |
賀茂光栄が主人公だが、年上の安倍晴明も賀茂保憲の相弟子として登場し、兄弟のような間柄という設定。美形でクールなことが暗黙の了解という晴明像はこの物語にはなく、色事に異様なまでに熱心な男になっている。光栄との掛け合いもおもしろいが、口調が少々現代若者風すぎて、30代後半の晴明が高校生のように感じられてしまう。 |
京の影法師シリーズ
悪霊大臣 藤原顕光 |
藤川桂介 |
双葉ファンタジー |
道長を支える安倍晴明と、顕光を助ける芦屋道満の対決では、ありがちな図式になってしまうが、この本の主人公は影法師たちであって、目新しい感がする。それだけに、影法師たちが道長あるいは顕光を救おうとする動機が弱く、また何人も登場するにもかかわらず、それぞれの個性が見えてこないのも残念。 |
悲愁中宮 |
安西篤子 |
集英社文庫 |
一条天皇皇后、定子に仕えた女房が、定子の思い出を語る形式をとる。定子と藤原成房が密通するという筋立ては創作だが、成房の突然の出家の原因としては仮説となりうるかも。 |
王朝序曲 |
永井路子 |
角川文庫 |
藤原氏繁栄の基礎を築いた藤原冬嗣の生きた時代。冬嗣がいかに慎重に自分の足場を築いたか、よくわかる。『この世をば』『望みしは何ぞ』と併せて王朝三部作となる。 |
この世をば |
永井路子 |
新潮文庫 |
摂関時代を代表する政治家、藤原道長の生涯。平凡児道長が慎重に権力を掌握していく様子が、一般的な道長像と違って親しみやすい |
望みしは何ぞ |
永井路子 |
中公文庫 |
道長の主な妻は倫子と明子の二人。が倫子の息子たちに比べて明子の息子たちは昇進が遅い。明子の息子たる能信が、政界での地位を築くために後三条天皇の即位を画策した、という推論である。 |
恋の浮き世 新今昔物語 |
永井路子 |
文春文庫 |
平安時代には貴族だけが存在していたわけではない。庶民ならではの強さと素朴さと奔放さを持った男女が京の街を舞台に物語を繰り広げる。名もない人々の暮らしが生き生きと描かれる。 |
噂の皇子 |
永井路子 |
文春文庫 |
三条天皇の第一皇子、敦明親王はいったんは東宮になるものの、道長の圧力に屈した形で東宮をみずから辞す。敦明は初めから天皇になる気はなく、不幸だった父の三条を満足させてやりたいために東宮を引き受けたという解釈をしている。ほかに藤原佐理の『離洛の人』、藤原保昌の『王朝無頼』など。 |
なまみこ物語 |
円地文子 |
新潮文庫 |
作者が昔読んだ『生神子物語』という物語を題材にして書いた、ということになっている。語り手は定子に仕える巫女の「くれは」。定子自身よりも、侍女の小弁やくれはの方が生彩を放っている。 |
道真 |
高瀬千図 |
日本放送出版協会 |
菅原道真の生涯を描く。讃岐国左遷の原因を皇后明子との密通にあるとする説は、肝心の明子が五十歳を過ぎているという事実を考えると可能性は低いが、小説の中ではドラマチックでいいかも。 |
かげろう日記遺文 |
室生犀星 |
角川文庫 |
藤原道綱母の書いた『蜻蛉日記』が下地になっている。文章に癖があって、馴染んでいないと読みにくい。 |
二条の后 |
杉本苑子 |
集英社文庫 |
有名な在原業平と藤原高子の恋を、業平、高子の入内した清和天皇、高子の兄基経、高子晩年の不倫の相手と伝えられる僧善祐の語りで描く。高子自身の語りはない。 |
檀林皇后私譜 |
杉本苑子 |
中公文庫 |
嵯峨天皇皇后、橘嘉智子の生涯。平安初期が舞台なので、まだ奈良時代の雰囲気を残す政争が繰り広げられる。はっきりとした自我のある嘉智子は凛としていて清清しい。 |
煩悩夢幻 |
瀬戸内晴美 |
角川文庫 |
和泉式部日記をもとにした、式部と敦道親王の恋を語る。 |
在五中将 在原業平 |
川口松太郎 |
講談社 |
平安中期を生きた在原業平の一代記。恋に落ちた女たちとの交渉が詳しく描かれるが、ドンファンにしてはいささかスケールが小さい感がある。 |
孤愁 和泉式部 |
川口松太郎 |
講談社 |
この作品だけでなく、和泉式部を主人公にした小説はすべて和泉式部日記を下地にしている。原文の日記を読めばわかることを小説にするだけの意味があるとすれば、それは日記を読んだだけでは気付かないような和泉式部の内面を描くことではないだろうか。 |
平安京の検屍官
検非違使・坂上元継の謎解き帖 |
川田弥一郎 |
祥伝社 |
副題にあるように、検非違使・坂上元継が検非違使庁に持ち込まれた死体にまつわる事件を解決していく物語。死体についている香を手がかりに、恋人顕子の協力を得て、犯人を割り出し、その動機を探る。検非違使が主人公というのがおもしろい。が、卑猥な場面が多すぎてせっかくの雅な雰囲気が台無しに。 |
萌がさね |
鳥越碧 |
講談社 |
藤原道長の妻、源明子の生涯を辿る。明子は藤原実資(道長の縁戚)を愛していたという設定だが、史実にないことを敢えて描いたところに必然性がない。道長と終生睦まじくできなかったという筋も、どこから生まれたのか謎。 |
和泉式部日記抄 後朝 |
鳥越碧 |
講談社 |
作者は時代小説大賞の受賞者で、恋する女の描き方はうまい。にもかかわらず、この作品は従来の和泉式部像を越えるものではなく、精彩を欠いた男女しか登場しない。 |
小野小町恋の夜語り |
田中阿里子 |
学陽書房女性文庫 |
小野小町と、その孫阿屋女の独白を交互にさせる形式。小町が信頼に足る史料の少ない人物だけに、かなり空想の話が入っている。 |
紫式部の娘 賢子 |
田中阿里子 |
徳間文庫 |
紫式部の娘、藤原賢子の物語。母と違って宮仕えをそつなくこなす賢子は、権門の貴公子に愛されて子を産み、後冷泉天皇の乳母を仰せつかり、後には従三位の位を得る。要領よく生きる彼女は、しかし母のように偉大な作家にはなり得ない。かえって平凡な印象でさえある。 |
不機嫌な恋人 |
田辺聖子 |
角川文庫 |
帝の女房、小侍従と二条の少将の恋の行方。実在の人物は出ていないが、平安王朝のロマンを味わうには打ってつけの一冊。ただ、美男美女ばかりが出るので少々甘たるい感じがある。 |
むかし、あけぼの |
田辺聖子 |
角川文庫 |
一条天皇皇后、定子に仕えた清少納言の宮廷生活が華やかに繰り広げられる。『枕草子』と併せて読むと、田辺聖子流の読みがわかっておもしろい。 |
霧深き宇治の恋 |
田辺聖子 |
新潮文庫 |
『源氏物語』の宇治十帖を小説化。 |
舞え舞え蝸牛 |
田辺聖子 |
文春文庫 |
『落窪物語』を小説化。継母に苛められる主人公が、女房らの助けを得て貴公子と巡り会い、仕返しをする。原文も読むとよい。 |
私本源氏物語 |
田辺聖子 |
文春文庫 |
貴公子光源氏も、田辺聖子の手に掛かれば、ただのわがまま坊ちゃんとなる。光源氏を取り巻く女性たちが、いかにも現代風のちゃっかり、しっかりした性格の持ち主で、光源氏と対等に渡り合うのが痛快。従者の伴男の語りは絶妙。 |