4000番台の楽器は割に見ています。フィラデルフィアのガーフィールド氏も、ニューヨーク・フィルのコーエン氏から譲り受けた4000番台の楽器を使っておられました。生徒に世話した事もあります。しかし、どの楽器も現代のキーシステムに換えてあり、オリジナルの状態ではありませんでした。最近ほとんどオリジナルの状態の楽器がやって来たので、紹介したいと思います。シリアルナンバー4898のオールドヘッケルです。

楽器を支えているのは、この楽器の持ち主である向井文隆氏。ワグネルの出身で、現在は新日本交響楽団で吹いておられます。ファゴット・リード倶楽部にインターネットでコンタクトして来られ、もう4年になります。工学部出身で、楽器修理も趣味の様です。家には相当数のファゴットを持っていらっしゃいますよ。

時折拙宅にリードを取りに見えますが、今回はこの楽器を持っての来訪でした。イーベイのオークションで手に入れた事はメールで聞いていましたが、まあ本物を見たかったですからねえ。

これが面白い楽器でした。アメリカには古い楽器が多いんですね。アンソニー・ベインズの「木管楽器とその歴史」にもありますが、ニューヨーク・フィルはウィーン・フィルに次でヘッケルを導入しています。イギリスではNYP.の演奏旅行でヘッケルの優秀さを知り、アーチー・キャムデン留学生として送り出した歴史があります。

吹いてみると、現代の楽器の様に大きい音は出ませんが、室内楽には充分ですし、良い音がします。鳴らすのはちょっと難しいかも知れません。キーシステムの不備(現在では)により、フィンガリングを工夫しなければならない所はありますが、久し振りに「欲しい」と思った楽器です。これがまた50万円足らずと、非常に安かったそうだし。まあ、キーを付け直したら随分高くなりますがね、普通のヘッケルの値段に。

楽器の裏と表です。シンプルでしょう?

ロングジョイントの上は平面になっています。これはよく見ますね。

写真右から行きましょう。E-Fisトリルキーはありません。穴にチューブは入っていません。ハンドレストも無かったそうで、フォックスのものを仮付けしてます。ブーツのGキーの向きが現代のものと逆です。これは6000番台にもあります。ブーツののキーに付いては過不足無く付いていますね。

写真左ですが、high-dは当然ですが有りません。何よりPPキーが無いんです。ボーカルには小さい穴があるだけ。針で塞ぐんですね。この後にスライド式のボーカルも出るんですが。これだとウィーン式のフィンガリングが有効です。それに高いhでフリックキー連動の、gでFキー連動の息抜き穴がありません。この音では今の楽器と逆に低くなります。ただ、ボーカルにもよる様でした。中には、普通に吹けるものもありましたので。写真ではよく分かりませんが、ローラーは全くありません。右手小指のfisキーは折り重なる様に付いています。でも、案外操作性は悪くないですね。とにかく軽い楽器です。

木部はナチュラルラッカー(シェラック)仕上げ、です。ロゴはしっかり残っていますが、一度(かそれ以上)サンディングしてあります。とにかく綺麗です。

ヘンカー先生が「アメリカ人はフィンガリングを知らないから、余計なキーを付けて楽器を重く、そして鳴らなくする」と何時も仰ってましたが、例外もあるようです。こうした楽器がアメリカにあるのは、戦後のどさくさでドイツから相当楽器が持ち出されたとも。

U字管の取付部分です。ばねで止めるのは見てますが、スライドさせて付けるのは初めて見ました。かなり精密な仕上げです。ガタが来ないのかと心配になりますが、実にしっかりしてました。補修もされてるのかも知れませんが、ヘッケルのこうした技術は大したものです。向井さんは8000番台の楽器も所有していますが、これのロングジョイントを受けるブーツの部分が樽型に湾曲していて、その木工技術に驚かされました。金工技術も相当なものですね、やはり。

普通のボーカルはチューブを曲げて造るんですが、ヘッケルはホルンの様に金属板を巻いて造ります。だから他のボーカルは曲がるのに、ヘッケルは割れる(曲がりもしますが)んですね。楽器と言うのは本当に職人の名人技の世界です。

音楽も楽しいけれど、こうした事を見たり聞いたりするのも実に楽しい。楽器には色々な楽しみがあると言う事です。

トップページへ