旅日記2013

4月3日初日

今日から中7日のドイツ旅行に出かける。今回の相棒は「管楽合奏は楽しい会?」のクラリネット奏者の景山君だ。実は今回、私が一番やりたかった事が出来ない。

それは、787に乗って羽田に戻る事だった。残念だ。せめて羽田にと思っていたが、代替機は成田着の777なので、これも無理。また行くか(笑)

しっかり予定を立て、ホテルの予約もすべて取っていたが、上記の予想外の出来事により、何か不吉を予想したのも確かだ。少し大げさだが。

一週間前の天気予報ではこの日は晴れのはずだったが、実際には雨。

成田に着く頃には大雨で強風だった。それでも delayと表示されていなかったので、暢気に構えていた。しかし、想定外の出来事はここから始まった。

まず、景山君からスカイライナーに乗り遅れたので、遅れるとの電話。一人で過ごすには長い時間だ。ANAは第1ターミナルなのだが、ここは余り面白くない。チェックインはwebで済ませ、その上4月から搭乗券もPCから印刷できる。スマートフォンなら画面でいける。便利な時代になったものだ。

ぶらぶらとしていたが、飯を食べたい訳でもなく欲しい物がある訳でもないので、持て余す。京成の改札口まで迎えに行くとこの列車も遅れていた。とにかく荷物を預けると制限区域に入る。普通の日なので、混んではいない。出発ロビーで待つと時間になっても搭乗が開始されない。まあ、この雨だからなあ、と思っていると「ミュンヘン行きの便は出発が16時になりました」との放送。12時ちょっと前の便なのにそれは大変だ。景山君と「フランクフルト便にして良かったね」と話す。

15分か20分遅れで搭乗は開始された。実は景山君とは別に取ったので、席は離れているが二つ前だった。777は左側は2列なので、窓側を取っている。隣はどうかと思ったら若い女の子だったので、ちょっと運がいい気がした。

さて、ここから悲劇は始まる。定刻は11時25分なのだが、アナウンスが入った。「上空の気流が不安定なので、発着の間を空けております。出発は12時30分ごろになるとの事です。」と…。確かに酷い天気だ。

そしてその時刻はどんどん遅れ、滑走路に走り出したのは13時15分ごろだった。そして滑走路でもウェイティングが掛かり、実際に飛んだのは14時ごろ。実はハイデルベルクのホテルは20時までに入れない場合は、電話して玄関のコードを教えてもらう事になっている。しかし、機内からは電話出来ないし、こうした遅れの時は結構スピードアップするので間に合うかも知れない。時間との戦い(?)だ。

遅れたお陰で、面白い事もあった。「遅れておりますので、今から携帯をお使いになっても構いません。」とのアナウンス。隣の子はすぐに取り出したが、私は棚から下ろすのが面倒でしばらく放って置いたが、流石に着いた時に電話出来ないと思い荷物を降ろし、スイッチを入れたその時隣の子が声を掛けた。

「私のはソフトバンクなんですが、全く繋がりませんでした。如何ですか?」と。

起動中の携帯が画面を表示する。見事に3本立っていた。AUは偉い(笑)

しかし、起動中にまたしてもアナウンス。「ただ今から出発致しますので、すべての電子機器のスイッチをお切り下さい。せっかく繋がったのに…

兎にも角にも飛行機は飛んだ。そして、上記の出来事のお陰で隣の子と話す様になった。聞けば、これから1年半ビーレフェルトで福祉の勉強をするという。ドイツ語はまだこれからで、不安らしくドイツの話をする事になった。ビーレフェルトは故・A.ヘニゲ先生が住んでいらして、1987年に菅原先生のお供で伺い、お世話になった町だ。とはいえ、観光地ではないので面白みはない。彼女を相手に、ドイツの食べ物の話や生活習慣、それに音楽の話も少し。名前も聞いていませんが、楽しかったのは確か。

話しっぱなしという訳ではなく、映画を見たり音楽を聴いたり、少しは眠りもした。777の画面は2年前より大きくなり、解像度も上がっていたが、ハイヴィジョンではなかった。しかし前の小さくて暗い画面に比べれば大満足だった。コントローラーも座席脇から画面脇になり、画面にタッチしても使える様になっており、使用感は格段のアップだ。映画を3本も見てしまった。しかし、ドイツまで11時間半の旅程に加え、2時間余り機内で過ごしたので、酷く長い旅になり、脚はパンパンになった。脱いだ靴を履くのが大変だった事は言うまでもない。結局到着した時の遅れは1時間半。1時間程度になっていたのだが、ウェイティングもあったのだろうし、更に滑走路が遠い所になった。漸く付いた訳だが、後のスケジュールを考えて私は酷く焦っていた。それにしても、こうした時に限って長く歩かされるのは何故だろう。泣きっ面に蜂だ。

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