寒い夜だから

 

 

燃え上がる 炎よ

心に灯す 明かり

熱き 想いは

 

きっと 灰になるまで…

 

 

 

月が照らし出す夜、1人聖地をさ迷うのはクラヴィスの日課であった。

場所が変わったからといってそう簡単に人の習性が変わるはずもなく、ここ、飛空都市においても彼は度々屋敷を離れ、夜の都市をさ迷った。

…いや、ここに来てからの方が頻繁であったかもしれない。

彼にとって解放の時は近い。

それは、あまりにも苦痛を伴う解放ではあったけれど……。

 

「クラヴィス様?…またこんな所にいらっしゃったのですか」

「オスカー、か。いつもいつも、ご苦労なことだ…」

聖地にいた頃と違うこと。それは炎の守護聖と出会う確率というものだろう。

聖地においても確かに夜出会うのはオスカーが多かった。その理由は、彼の素行を考えれば自ずからわかるというもの。

当然、その場合オスカーも余り人に会いたくはないので、見つけたとしても会釈程度。話すなどと言う機会はなかった。

オスカーの敬愛する光の守護聖とクラヴィスの仲が悪いこともそれに関連していた。

しかし、今この飛空都市において。

オスカーの夜の徘徊には然るべき理由がある。

すなわち、この都市の警護だ。

聖地より女王の力が届きにくいこの地において、しかも女王試験中である。聖地、下界共に出入りも激しくなり、怪しい輩が入り込まないとも限らない。

初めに会話を交わしたのも、オスカーがクラヴィスを誰何したのが原因だった。

それから数ヶ月。

互いに会話を交わしてみれば、相手はそれほど厭う必要のない者だということがわかった。

いや、それどころか、2人は何時の間にかこの夜の邂逅を心待ちにしていたといっても良い。

昼間はいつも通りの無関心を装って、夜の間だけ親しく言葉を交わすというこの関係が、2人を年甲斐もなく惹きつけたのかもしれない。

 

「…オスカー?」

だがしかし、今。

オスカーの様子が常とは違うことに、クラヴィスは軽く眉を顰める。

それはまるで、クラヴィスの闇を纏ったかのような…絶望の瞳。

その瞳が濡れていたように感じ、クラヴィスは思わずオスカーの肩を抱いた。

幼子のように、今、強さを司る守護聖がそう見えたから…。

振り払うでなく、オスカーはほとんど身長の変わらない闇の守護聖を受け入れ。

…しばしの間、2人を沈黙が支配した。

木の葉の風に揺られる音が、やけに鮮明に、不吉に響く…。

「女王試験も…」

「何?」

「女王試験も、もうすぐ終わりますね…」

呟かれたその言葉だけで、クラヴィスはオスカーの今の状態の理由を知った。

…それは、彼自身も感じた想いだったから…。

 

 

彼女は女王になるだろう

(彼女はもうすぐ退位する)

手の届かない高みへ昇ってしまう…

(もうその姿を見ることさえ出来ない…)

 

どれほど、愛し合っていても

 

 

オスカーが、女王候補の一人に想いを寄せていることはわかっていた。

そして彼女が、女王になる意志を曲げないだろう事も…。

 

「…慰めが、必要か…?」

「クラヴィス様?」

訝しむ表情を隠そうともせず、顔を上げたオスカーの唇に冷たい感触。

「な…っ!?」

一瞬で離れたそれは、しかし確かに唇だった。

「…館に来るか? 酒ならばいくらでも出すぞ。…私はあまり嗜まぬのでな。カティスが置いていったものだ。放っておくのは惜しいだろう…」

思わず口を手で覆ったオスカーに淡々とそう告げると、次の瞬間にはもう背を向けて歩き出している。

躊躇いは一瞬のこと。

…オスカーは、クラヴィスの後を追った。

 

 

寂しい夜

人肌恋しい夜に

2人は出会ってしまった

 

それが運命

 

 

夜遅く、館の執事などに見つかるのは面倒だったので、2人はクラヴィスの私室に直行した。

オスカーは浴びるほどに酒を飲んで、ひたすらに酔いを求める。

何もかも忘れたいとばかりに。

やがて火照った頬に、首筋に、冷たい感触があったが、それはかえって心地よいもので。

「ふ…」

鼻から抜ける喘ぎが甘い。

クラヴィスの唇が首筋を這い、意外に器用な指先が着衣を取り去っていく。

「…忘れてしまえ…」

その言葉は、本当にオスカーに聞かせる為のものだったのだろうか?

「今宵だけは、その苦しいばかりの…愛しい恋を」

忘れたい。

あなたを。

 

 

「あ…くっ…」

腰から脇腹にかけてを焦らすように撫でる指先が悔しい。

女のように嬌声をあげ、足を開いている自分を、オスカーは頭のどこかで嘲笑っていた。

「は…ぁ…」

胸の蕾に歯を立てられても、痛みではなく快楽を感じてしまう。

濡れた感触はそのまま下へ降りていき、彼自身を口腔内にとらえた。

「や…っ…め…」

今までされた経験がなかったわけでは決してない。それでも、クラヴィスの舌は巧みすぎた。酔いも手伝ってか、すぐに上り詰めてしまう。

「クラヴィ…様…離し…っ!」

力の入らない手が引き離そうと長い髪を引っ張るが、クラヴィスは意地の悪い笑みを浮かべ、さらに吸い上げた。

「は……あぁ…っ!!」

「なかなか…良い声でなく…」

追いつめる声音と、男の口の中にあっけなく果ててしまったことが、羞恥を煽る。

だがそれすらも、オスカーの身体は快楽のスパイスと変えてしまっていた。

荒い息を整える暇もなく、誰にも、己自身知らない最奥に、濡れた細い指を感じる。

思わず、腰が引けた。

男同士の身体の繋げ方は、知識としては知っている。

だが、例え指一本であろうと、本来受け入れる場所でないそこは異物感を訴えるのだ。

「いっ…つっ…っ!」

「狭いな」

「え…あ…!?」

「ふっ、ここが…感じるのか?」

耳朶を軽く噛み、吐息と共に声を流し込めば、ビクリとしなる身体…。

低い、どう間違っても男のものである喘ぎ声は、しかし驚くほどに男の劣情を誘う。

少なくともクラヴィスは、オスカーに対して欲情していた。

蕩けて来たそこに段々と指を増やすと、慣れてきたのかオスカーは甘い吐息を漏らし。

「…もう、良いか…」

誰に聞かせるともなく呟くと、すでに熱く熱を持ったそれを腰へとあてがう。

さらに広く足を開かせると、一気に貫いた。

「ひっ……!」

指よりもずっと深く抉られて、余りの衝撃に悲鳴さえも掻き消されてしまう。

「…辛いか?」

「あ……ぁ」

生理的な涙を浮かべた瞳に、そっと口付けを降らし。

行き場なくシーツをきつく握り締めた指をそっと絡めて、舌を絡めるように舐める。

淫蕩な舌の蠢きは、先程受けた己自身への愛撫を思い起こさせた。

…それ自身も、己の意志とは関係なく再び熱を持ちはじめる。

快楽を感じるにつれて僅かにそこが緩んだ隙に、すかさずクラヴィスがゆっくりと腰を動かした。

「いっ……あ、ああ…ん…っ!」

感じるスポットを見つけ出し、そこを責め立てれば堪らない吐息が唇から滲む。

絡めた指に力がこもり。

 

 

生まれる熱

凍ったこの心を溶かす…炎が欲しかったのだ

もうずっと…長い間

 

 

「……」

ガバッと起き上がったオスカーは、腰の鈍痛に思わず固まってしまう。

(な……そう、だ、確か俺は…)

かあぁっと頬が熱くなるのが自分でも分かった。

(ここは…クラヴィス様の寝室…で…つまり、昨夜は…)

「…なんだ、もう目が覚めたのか…」

まだ眠そうな声が隣りから聞こえて、オスカーは本気で心臓が破裂しそうになる。

もぞり、と隣りで寝ていた男の腕が上がり、肩をつかまれ寝台の上に引き倒された。

「クラヴィス様!?」

「良いから、もう少し寝ていろ…。私はまだ眠い。…それにどうせ今日はお前も仕事にはなるまい」

最後の方でククッ、と意地の悪い笑い声。

「…あれだけ感じていたくせに、初めてだったとはな…。可愛かったぞ?」

掠め取るだけのキスをおまけに加えて。

「クッ、ク……クラヴィス様!?」

これ以上は出来ないというほど顔を赤らめたオスカーなど、まずお目に掛かれるものではない。

女性関係では、百戦錬磨のはずなのだから。

「…心配、するな…。ジュリアスには夜間の警護中にお前が倒れて…風邪、と……連絡…私の私邸ならば、そう簡単にあやつも……来れ…ま、い…」

それだけ言うと、クラヴィスは再び眠りの扉を潜り抜けてしまった。

だがしっかりオスカーの肩は抱いたままである。

「…仕方ない、か」

溜息をついて、オスカーはそのまま目を瞑った。

確かに…動くのも辛そうである。

(…なんだかんだいって結局何ラウンド挑まれたんだ?)

数えそうになって、慌てて首を振りその考えを追い出した。

(今日はもうゆっくり休んで…ああ、明日からが面倒臭そうだな…)

目を瞑れば、やはりまだ疲れていたのかすぐに睡魔が襲ってくる。

(でもまあ、良いか…)

まだ心に切なさは残っているけれど…。

 

 

きっと彼女の即位を穏やかに見守れる

(きっと彼女を笑って見送れる)

 

恋ではないけれど

こんなにも心は安らいでいる

こんなにも心は暖かい

 

 

寒い夜

貴方に逢えて良かった

 

END




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