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二人の徒然なる日々

まさに黒一色に包まれたつつ闇の部屋に、今日も今日とて水の守護聖の儚げな、しかし美しい旋律が響き渡る。そして。

「クラヴィスっ!リュミエール!そなた達、また職務怠慢であるぞっ」

どこから聞きつけてきたのかは知らぬが、ハープの音色を地獄耳で聞きつけてきた光の守護聖が叫ぶ。既に慣れっこなのか、リュミエールは平然と(しかし勿論表面上は申し訳ありません、とちゃんと頭を下げてから)ハープを片手に出て行く。ジュリアスに分からぬよう、クラヴィスにばっちりと瞳で語ることを忘れずに。

(あの者は・・・また余計な気をきかせて・・・)

だが勿論、水の守護聖の気遣いも、闇の守護聖の心境も光の守護聖には伝わっていない。とりあえずは、またも闇の守護聖のもとに水の守護聖がちゃっかりといた、ということだけが心を占めていて。

「む・・・リュミエールは行ったのだな。最近、特にそなたとリュミエールは職務怠慢が酷いぞっ。わざわざ一緒に職務怠慢をする必要はないだろうっ。いくら春めいてきて暖かくなってきたといっても、守護聖ともあろうものがそのようなことでは・・・」

「ほう・・・まるで、リュミエールと一緒でなければよい、とでも言うような口調だな?」

光の守護聖の口上を遮ってまでの反論は、見事に黄金天使の痛いところに突き刺さったらしい。言葉が出てこないのか、酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせている。

「そ、そ、そ、そんな事は言ってないであろう!」

「では、なんなのだ?私が誰と一緒であろうと、そなたには関係あるまい。それとも・・・何か、考えや関係があるとでも?」

ジュリアスの顔が真っ赤になる。そう、実は二人はまだ気持ちを確かめ合った仲でも何でもなく、単なる守護聖どうしに過ぎぬ。だが・・・これ以上にわかりやすい者は、おそらくこの聖地中、いや、宇宙中を探してもいないのではないか?クラヴィスは、さらに畳み掛けるように言う。

「どうかしたのか?顔が、赤いぞ。過労か?」

勿論、からかうことも忘れない。

「わ、私は、光の守護聖として、闇の守護聖であるそなたに仕事をさせる義務が・・・!」

「私が職務怠慢なのはいつものことであろう?最近は、特に叱責が酷いようだが・・・何かあったか?」

あからさまな挑発なのだが、聖地一のにぶさを誇る光の守護聖は何も言いようがないらしい。

「も・・・もうよい!それより、今日の分の書類を終えておかなければ、明日は倍の仕事が待っていると覚悟せよっ」

子供じみた捨てぜりふを置いて出ていく光の守護聖を見送るクラヴィスの口元には、微かな笑みが浮かんでいた・・・。

ジュリアスが肩を怒らせて彼の人の執務室から出てきたところで、リュミエールはまた闇の守護聖の執務室の仲に腰を落ち着けていた。微かに呆れたように言う。

「クラヴィス様も、意地悪なさらず、素直に言って差し上げればよいのに・・・」

「なにをだ?」

素知らぬ顔してタロットカードをめくるクラヴィスに、優しさを司る水の守護聖は苦笑を浮かべた。

「分かっていらっしゃるのでしょう?」

「さぁな」

取りつく島もない。こうなったら何を言ってものらりくらりと受け流されてしまうのは目に見えている。仕方なくハープを手に取り・・・ふと、この闇の守護聖の執務室が一面黒いカーテンを引いてあることに気付く。他にも、隠れる場所には不自由しなさそうで・・・

自分の思い付きに満足すると、彼はおもむろにハープを引き出した。いつもよりも、数段大きな音で。

「リュ・・・リュミエール?」

何を考えているのかわからない、というふうに珍しく困惑をあらわにする闇の守護聖ににっこり笑う。そのまま耳を澄ませば・・・聞こえてきた。ばたばた、と盛大な、明らかにこちらに向かってくる足音。リュミエールはさっとハープをつま弾いていた手を止めると、それを引っつかんで入り口から一番遠くのカーテンに手をかける。

「なにを・・・」

「ジュリアス様、いらっしゃったようですね。それでは、束の間、私は隠れております。がんばってくださいね、クラヴィス様」

語尾にハートマークすらつきそうなほどに愛想良く笑うリュミエールはクラヴィスが問い詰めるまもなくカーテンの後ろにその身を隠してしまったのだった。

カーテンから引きずり出してどういうことか問い詰めるか、それともこのままジュリアスを迎えてしらを切りとおすか。その一瞬の迷いのうちに、ジュリアスは扉を叩き割るような勢いで闇の守護聖の執務室に転がり込んできた。

「クラヴィス、リュミエール!そなた達、さっきの注意にもこりもせず・・・!・・・あ、あれ?リュミエールはどこなのだ?」

クラヴィスはこの瞬間、しらをきり通すことに決めた。こんな所で隠れているリュミエールを見つけたなら、ジュリアスは何を想像するかわからない。−流石に、それは避けたい。

クラヴィスは、いつもと変わらないうつうつとした調子でしらをきった。

「リュミエール・・・か?さっきお前が来た時に、あの者は出ていったと思うが・・・?」

「何・・・?だ、だが、確かにあの者のハープの音が・・・」

「・・・聞き間違えではないのか?」

そんなことはない!と主張したい、主張したいが・・・なにしろ、リュミエールの影も見えない。主張のしようがない。−私が幻聴を?何故?

そんなジュリアスの心境を見透かしたかのように、クラヴィスが口を開く。

「・・・何か、そのようなものを聞くような原因でも?」

「そ、そのようなこと・・・!」

うろたえるジュリアスを見て、クラヴィスはやっとリュミエールの企みが分かった。−つまり、ジュリアスに何とか想いを打ち明けさせろ、というわけか・・・?

分かれば分かったで、思わず口元に少々意地の悪い笑みが浮かんでくる。

(あの者も、妙な気の使い方をする。・・・まぁ、今回ばかりはありがたいが、な)

せっかくの気遣いだ。ありがたく使わせてもらおう。クラヴィスはわざと無表情でジュリアスの顔を見る。

「リュミエールのハープの音が、そんなに恋しかったのか?」

「違うっ」

ジュリアスの気持ちは痛いほど分かる。また、リュミエールが彼の部屋に入り浸っているのではないか、と気が気ではないのだろう。だがわかったふうに振る舞ってやるのも面白くない。ならば・・・

クラヴィスはさらに無表情で続ける。

「・・・リュミエールの執務室なら向こう側だぞ」

「そなた・・・なにを・・・」

「・・・リュミエールに会いたいのだろう?」

ジュリアスから見れば。クラヴィスは、多大な勘違いをしているように見えた。クラヴィスは、ジュリアスがいつもここに来るのは、クラヴィスでなくリュミエールのためだ、と。リュミエールが気になるからだ、と。そう思った瞬間、頭に血が上った。気付けば叫んでいた。

「ち、違う!私は、私はそなたに・・・」

「・・・私に?」

「そ、そなたに・・・」

素面に戻れば思わず口走りそうになった台詞は自分で言うには耐え難いほど恥ずかしくて。けれど、このまま言葉を切るのはあまりに不自然すぎる。ジュリアスは自棄のように叫んだ。

「私は、そなたが職務怠慢をしていないか見張っているのだ!」

クラヴィスはさすがにしばし呆気に取られたようだったが・・・やがて耐え切れないように喉のおくで笑い出した。ジュリアスが顔を真っ赤にして叫ぶ。

「な、何が可笑しいのだー!」

闇の守護聖の執務室に、本日二度目の光の守護聖の怒号が響いた。

「まぁったく、ジュリアスも素直じゃないよねぇ。せっかくリュミちゃんがセッティングしてあげたのにさぁ。まぁ、クラヴィスの意地の悪さはともかくとしてもさ・・・」

「本当ですよね」

オリヴィエの言葉に、マルセルも頷く。勿論、壁にぴったりと耳をくっつけたままなので、小声で。ちなみに横にはきっちりリュミエールがいたりする。ランディすらも微苦笑しながら発言する。

「誰が見たって、ジュリアス様の気持ちなんて一目瞭然なのに」

「素直に告白すればいいのにねぇ」

オリヴィエの言葉に、その場にいた全員はこっくりと頷いたのだった。まぁ、ひょっとしたら今更その必要はないのかもしれないが。クラヴィスは言うまでもなくジュリアスの気持ちに気付いていて、それを快く思っているのだし、ジュリアスはジュリアスで、本人は気付いていないとはいえ、クラヴィスの一番近くにいるのだから。知らぬは本人達−いや、本人達の片割れのみであった。

そして、今日も今日とて、聖地では、光と闇の守護聖様の徒然なる恋愛喜劇が繰り広げられているのであります−

END


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