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芸美短談

essays

切れた絵 1999年9月8日


これは父に聞いた話で、随分と前の出来事ですが。

ある美術大学の教授室で、父がその部屋の主である教授の制作の様子を 後ろから見ていたときのことだそうですが。

油絵の具とキャンバスそして少し日向臭いようなそんな香りのする 静かな部屋で、かすかな、筆の画面とこすれる音や制作者の息使い だけが聞こえるような中、教授の手が素早く画面上を移動したそのせつな 「バリ」とも「キー」とも言う音がしたかと思うと、

「アーーー」という 何とも絶望的な声が漏れ、どうじに父もその意味するところを知ると時間 が止まったかと言うほどに、作品の画面に二人がしばし見入っていたという。

見つめる先の作品は、無惨にも斜めに数十センチにわたってぱっくりと裂け 、さながら画面が自らの口を得て「ケテケテ」とこちらを笑うようであった。
「やっちゃった」と肩をすくめると教授はもはやそれ以上の手当をすることなく 制作途中の作品を廃棄したのだそうだす。

そのとき教授が手にしていたのは油絵製作用のナイフと呼ばれる、 鋼を打ち出して、長さ数センチ幅2センチほど厚みは0.数ミリのケーキの クリームを塗るナイフの小型版のような物で、どちらが本家かと言えば 絵画に供された方が歴史的には古いと思われるそんな物です。

今日一般向けに売られている物は多くがプレス機で打ち抜いて造られた物が ほとんどですが、教授の物は職人の手打ちで、そうした物は今は本当に少なく なっています。
こうしたナイフは使い込まれる中ですり減り、その縁は知らず知らず 研ぎすまされ本当に刃の付いたナイフになってしまう物のようで、見た目は ぺらぺらの金属のへらが、このときはほんのちょっとした偶然でキャンバス に食い込んで手の動きの勢いで斬りつけた格好になってしまったようです。

作者としては大失敗の出来事ですが、鋼の板に刃が付くほどに制作を続ける そんな作家のエネルギーは本当の「絵描き」ならではのものかもしれません。

(写真は油絵用のナイフ)


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