△古事記 上巻 大国主神
 
〈根堅洲国〉
 そこで、御祖命のお言葉どおりに大穴牟遅神は、須佐之男命の許に参上したら、その 娘の須勢理毘売(すせりびめ)が出てきて見て、情を通じ合って結婚され、戻ってその 父に、
「大変麗しい神がお出でになられている」
と仰せになった。
 そこでその大神(須佐之男命)は外に出て見て、
「これは葦原色許男と云う神だな」
と仰せになって、やがて喚び入れて、その蛇の室(むろや)に寝させられた。  妻の須勢理毘売の命は、蛇の比礼(ひれ、領巾)を夫に与えて仰せになるには、
「その蛇が噛みつこうとしたら、この領巾を三度振って、打ち払いなさい」
と仰せになった。
 そこで教えどおりにしたので、蛇は当然静かになったので、それで安らかに寝て室か ら出られた。
 
 その翌日の夜は、ムカデと蜂の室に入れらたので、それでまたムカデと蜂の領巾を与 えて前のように教えられたので、安らかに寝て室から出られた。
 また、鏑矢を野原に射入れて、その矢を採らせた。色許男命が野原に入る時に、すぐ に火でその野を回りから焼いてしまった。それで出る所が分からないでいる間に、鼠が 来て言うには、
「内はほらほら、外はすぶすぶ」
とこのように言うので、そこを踏んだところ穴に落ちて、隠れてる間に火は焼け過ぎて しまった。そしてその鼠は、鏑矢をくわえ持って出てきて奉った。矢の羽は、鼠の子供 らがみんな食ってしまっていた。
 さて、妻の須勢理毘売は葬式の道具を持って泣きながら来て、その父の大神は、
「もはや(色許男命は)死んだ」
と思われて、その野に出てお立ちになったところ、(色許男命が)その矢を持って奉っ た時に、家に連れて入って大きな室に喚び入れて、自分の頭の虱(しらみ)を取らせら れた。そこで頭を見たところ、ムカデが沢山居た。その妻須勢理毘売は、椋の木の実と 赤土(はに)とを取って、夫色許男命に与えられた。それで、その木の実を食い破り、 赤土を口に含んで吐き出したら、大神は、(色許男命が)ムカデを食い破って吐き出し たと思い、心に愛しく思われてお眠りになった。
 
 そこで色許男の命は大神の髪をつかんで、その室の垂木ごとに結いつけて、大きな岩 を室の戸口に塞いで、その妻須勢理毘売を背負って、大神の生大刀と生弓矢と、天沼琴 (あめのぬごと)を持って逃げ出ようとされる時に、その天沼琴が樹に触れて鳴ってし まった。
 それで、眠っておられた大神が音を聞いて驚いて目を覚まして、その室を引き倒して しまわれた。しかし垂木に結わえられた髪を解いてる間に、遠くに逃げて行かれた。
 
 そこで大神は黄泉比良坂まで追いかけてきて、遥か遠くを見て大声で叫んで、大穴牟 遅神に仰せになるには、
「そのお前が持っいる生大刀と生弓矢を以って、お前の兄弟どもを山坂の裾に追い伏せ、 また河の瀬に追い払って、おのれは大国主神となり、また宇都志国玉神となって、その 自分の娘須勢理毘売を正妻にして、宇迦能山(うかのやま)の麓の岩の根に宮柱をしっ かり立てて、高天原に千木を高く上げて住め、是奴(こやつ)よ」
と仰せになった。
 それ故に、その大刀と弓を持って、かの兄弟神たちを追い退けられる時に、坂の裾ご とに追い伏せて、河の瀬ごとに追い払って、国作りを始められた。
 
 さて、例の八上比売とは、先の約束どおり結婚された。その八上比売は、子供を連れ て来られたが、正妻の須勢理毘売を恐れて、生んだ子供を木の俣にさし挟んで帰ってし まわれた。それでその御子の名を木俣(きまた)の神と申す。亦の名は御井(みゐ)の 神とも申す。
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