△古事記 上巻 須佐之男命の出雲降下
 
 須佐之男命は高天原から追放されて、出雲の国の肥の河上の、鳥髪(とりかみ)と云 う地(ところ)へ天降りされた。この時に、箸がその河(斐伊川)を流れ下ってきた。
 そこで須佐之男命は、その河上に人が住んでいるとお思いになって、尋ねて上って行 ったところ、老夫(おきな)と老女(おみな)が二人いて、童女を中に置いて泣いてい た。
 (須佐之男命が尋ねられるには、)
「お前たちは誰だ」
とお尋ねになると、その老夫は、
「僕は、国神(くにつかみ)の大山津見(おほやまつみ)の神の子である。名前は足名 椎(あしなづち)、妻は手名椎(てなづち)、娘の名前は櫛名田比売(くしなだひめ) と申す」
と申した。
 また、
「お前の泣いてる訳は何であるか」
とお尋ねになると、
「僕の娘は、元々八人居たが、それを高志(こし)の八俣遠呂智(やまたをろち、大蛇 のこと)が毎年やってきて食われてしまった。今、またその大蛇が来ようとしている時 なので、泣いているのである」
と申した。
 
「どんな形をしているのか」
とお尋ねになると、
「その目は赤い加賀智(かがち、ホオズキのこと)のようで、一つの胴体に八つの頭と 八つの尾がある。またその体に蘿(こけ)と檜と椙(すぎ)が生え、その長さは谷八つ、 峡八つに渡っており、その腹を見たらいつも血にただれている」
と申した。
 
 そこで須佐之男命は老夫に、
「このお前の娘は、自分に奉らないか」
と仰せになったので、
「恐れ多いことであるが、あなたのお名前を知りません」
と申すと、
「自分は、天照大御神の同母弟である。それで今、天から降ってきたところだ」
と答えられた。
 ここに足名椎・手名椎の神は、
「それは恐れ多いことである。(娘を)奉りたい」
と申した。
 
 このようにして須佐之男命は、その童女を神聖な櫛の形に装わせ、自分の御美豆良 (みみづら)に刺して、足名椎・手名椎神に仰せになるには、
「お前たちは、濃い酒を醸して、また垣を作って廻らして、その垣に八つの入り口を作 って、入り口ごとに八つの桟敷を作れ。その桟敷ごとに酒の器を置いて、器にその濃い 酒を盛って待っていなさい」
と仰せになった。
 仰せのとおりにそのように準備して待っている時に、かの八俣遠呂智が本当にやって 来た。たちまち大蛇は酒の器ごとにそれぞれの頭を入れて、その酒を飲んだ。そうして 酔っ払って、みな伏して寝てしまった。
 
 すなわち速須佐之男命は佩いている十拳の剣を抜いて、その大蛇を切られてばらばら にしたところ、肥河は血のようになって流れた。そして大蛇の中の尾を切られた時に、 剣の刃が欠けた。それで不思議だと思われて、剣の先で割いてご覧になると、珍剣があ った。そこでこの珍剣を取って、不思議な物と思われて、天照大御神に申し上げて献上 された。これが草那芸之大刀(くさなぎのたち)である。
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