△古事記 上巻 天岩屋戸
 
 そこで天照大御神はこれを見て恐れられ、天岩屋戸(あめのいはやど)の中にお籠り になってしまわれた。すると高天原は真っ暗になり、葦原中国(とよあしはらのなかつ くに)もすっかり闇くなってしまった。このために、いつ明けるか分からない夜が続い た。そうして多くの神の騒ぐ声が夏の蝿みたいに一杯になって、あらゆる災いがことご とく起こったのである。
 
 このようなことなので、八百万神(やほよろづのかみ)は天安之河原にお集まりにな って、高御産巣日神の御子思金(おもひかね)の神に善後策を考えさせて、まず常世の 長鳴鳥(ながなきどり)を集めて鳴かせた。そして天安河の河上の天堅石(あめのかた しは)を取ってきて、天金山(あめのかなやま)の鉄を取って、鍛冶屋の天津麻羅(あ まつまら)を捜し出し、伊斯許理度売(いしこりどめ)の命に命じて鏡を作らせて、玉 祖(たまのや)の命に命じて大きな勾玉の沢山ついている珠の緒を作らせ、天児屋(あ めのこやね)の命・布刀玉(ふとたま)の命を召んで、天香山(あめのかぐやま)の雄鹿 の肩骨をそっくり抜き取って、天香山の天波波迦(天のハハカと云う木)を取ってきて 占いの祭りの準備をさせた。
 そして天香山の五百津真賢木(いほつまさかき、沢山のサカキの木)を根こそぎ掘っ てきて、上の枝に大きな勾玉の沢山の珠の緒を取りつけ、中の枝に大きな鏡をかけて、 下の枝には白い御幣・青い御幣をつけて垂らした。
 これらの物は、布刀玉命が捧げ持って、天児屋命が祝詞を申して、天手力男(あめの たぢからを)の神が戸のわきに隠れて立ち、天の宇受売(あめのうずめ)の命が天香山 の天之日影(カズラ)を襷(たすき)にかけ、天之真折(あめのまさき)のかずらを髪 飾りにして、天香山の小竹葉(ささば)を束ね持ち、天之岩屋戸の前に桶をふせて踏ん で、大きな音を鳴らして神懸りして、胸や乳を顕わにし、裳の紐を女陰に垂らしたので ある。
 そうしたら、高天原は揺り動いて、沢山の神々は一緒に笑い合った。
 
 そこで天照大御神は不思議に思われて、天岩屋戸を細めに開けて、中から仰せになら れるには、
「私が隠れているので、天の原は当然暗くて、葦原中国もすっかり暗いであろうと思っ ているのに、どうして天宇受売は楽しく遊んでいて、大勢の神たちも笑っているのであ ろうか」
と仰せになった。
 そこで天宇受売は、
「貴命に優って貴い神がお出でになっているために、喜んで笑って遊んでるのである」
と申した。
 このように申す間に、天児屋命・布刀玉命がその鏡をさし出して天照大御神にお見せ 申し上げるときに、天照大御神はいよいよ不思議にお思いになって、ちょっとずつ戸か ら出て覗き見られるときに、隠れて立っていた天手力男神がその御手を取って、外へ引 き出し申し上げた。
 すぐに布刀玉命は尻久米縄(しりくめなは、注連縄のこと)をその後ろに引き渡して、 「これから内には、お還りにはなれません」
と申した。
 故に天照大御神がお出ましになったときに、高天原も葦原中国も自然に照り明るくな ったのである。
 
 ここで八百万神が相談し合って、速須佐之男命には罪の償いとして多くの品物を出さ せ、髭と手足の爪を切るなど祓い清めをさせて、追放してしまわれた。
 また、八百万神は食物を大気都比売(おほげつひめ)の神に乞い求めた。それで大気 都比売は鼻や口また尻からいろいろな美味い物を取り出して、神たちにいろいろ料理し てさし上げるときに、速須佐之男命はその仕業を覗き見て、
「何と云う汚い物を料理して奉るのだ」
と思われて、すぐにその大宜津比売神を殺してしまわれた。
 ここで殺された女神の身体に成った物として、頭に蚕が生まれ、二つの目に稲種が生 り、二つの耳に粟が生り、鼻に小豆が生り、女陰に麦が生り、尻に大豆が生った。そこ で、神産巣日御祖(かみむすびみおや)の命がこれらの穀物を取りまとめて、それぞれ 種(蚕と五穀)となされた。
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