△古事記 上巻 宇気比(誓約) こういう次第で、天安河(あめのやすのかは)を中に置いて誓約するときに、天照大 御神はまず建速須佐之男命の佩いている十拳の剣を貰い受けて、三片に打ち折って玉の 音もさやかに鳴るばかりに天の真名井で振りすすいで噛みに噛んで、吹き捨てる息の霧 にお成りになった神の御名は、多紀理毘売(たきりびめ)の命である。亦の名は奥津島 比売(おきつしまひめ)の命と申す。次に市寸島比売(いちきしまひめ)の命、亦の御 名は狭依毘売(さよりびめ)の命と申す。次に多岐都比売(たきつひめ)の命である (三柱)。 速須佐之男命が天照大御神の左のみづらに巻かれた大きな勾玉の沢山ついている珠の 緒を貰い受けて、玉の音もさやかに鳴るばかりに真名井で振りすすいで噛みに噛んで、 吹き捨てる息の霧にお成りになった神の御名は、正勝吾勝々速日天之忍穂耳(まさかつ あかつかちはやひあめのおしほみみ)の命である。また、右のみづらに巻かれた珠の緒 を貰い受けて噛みに噛んで、吹き捨てる息の霧にお成りになった神の御名は、天之菩卑 (あめのほひ)の命である。また、髪飾りに巻かれた珠の緒を貰い受けて噛みに噛んで、 吹き捨てる息の霧にお成りになった神の御名は、天津日子根(あまつひこね)の命であ る。また左の手に巻かれた珠の緒を貰い受けて噛みに噛んで、吹き捨てる息の霧にお成 りになった神の御名は、活津日子根(いくつひこね)の命である。また右の手に巻かれ た珠の緒を貰い受けて噛みに噛んで、吹き捨てる息の霧にお成りになった神の御名は、 熊野久須毘(くまぬくすび)の命である(併せて五柱)。 ここに天照大御神は、速須佐之男命に仰せになるには、 「この後に生まれた五柱の男子(ひこみこ)は、私の物の玉からお成りになった。故に 私の御子である。先に生まれた三柱の女子(ひめみこ)は、おまえの物の剣からお成り になった。故におまえの御子である」 と、このように分別して仰せられたのであった。 そこで、先にお生まれになった神である多紀理毘売命は、宗像の奥津宮に鎮座されて いる。次に市寸嶋比売命は宗像の中津宮に鎮座されている、次に田寸津比売命は宗像の 辺津宮に鎮座されている。この三柱の女神は、宗像の君たちがお祀りしている大神であ る。 そして、この後にお生まれになった五柱の御子の中で、天菩比命の御子の建比良鳥 (たけひらとり)の命は、出雲(いづも)の国造(くにのみやつこ)・无邪志(むざし) の国造・上菟上(かみつうなかみ)の国造・下菟上(しもつうなかみ)の国造・伊自牟 (いじむ)の国造・津島の県直(あがたのあたひ)・遠江(とほつあふみ)の国造らの祖 先である。 次に天津日子根の命は、凡川内(おふしかふち)の国造・額田部(ぬかたべ)の湯坐連 (ゆゑのむらじ)・茨木(うばらき)の国造・倭の田中直(たなかのあたひ)・山代の国造 ・馬来田(うまくだ)の国造・道尻来閇(みちのしりのきへ)の国造・周芳(すはう)の国 造・倭の淹知(あむち)の造(みやつこ)・高市(たけち)の県主(あがたぬし)・蒲生 (かまふ)の稲寸(いなき)・三枝部(さきくさべ)の造たちの祖先である。 ここに速須佐之男命が天照大御神に申し上げるには、 「自分の心の潔白が証明された。それ故、自分が生んだ御子は手弱女(たわやめ、女子 のこと)であった。これによって言えることは、当然自分が勝ったのだ」 と言って、勝ちに乗じて天照大御神の田の畔を壊し、溝を埋め、また新穀を召し上がる 御殿に糞をし散らした。そのような乱暴をしたのであるが、天照大御神はとがめないで 仰せられるには、 「糞のようなのは、酒に酔うて吐き散らそうとして、私の弟はこんなことしてしまったの であろう。また田の畔を壊して溝を埋めてしまったのは、土地が惜しいと云うことでこ のようにしたのであろう」 と好いようにとって仰せになったが、矢張りその乱暴な行ないは止まらずにひどいもの であった。 天照大御神が機織場にお出でになって、神様に奉る衣を織っておられるときに、その 機織場の屋根に穴をあけ、天斑馬(あめのふちこま)の皮を剥いで落とし入れたので、 そのとき天機織女(あめのみそおりめ)が見て驚いて機織の梭(ひ)で女陰を突いて死 んでしまった。 |