△古事記　上巻　天照大御神･月読命･須佐之男命（三貴子）の分治
　
〈天照大御神と須佐之男命〉
　さて、そこで速須佐之男命が申されるには、
「それならば天照大御神に申し上げて、黄泉国へ行くことにしよう」
と申し上げて、早速天に上るときに、山や川がことごとく鳴り騒ぎ、国土が揺れ動いた。
　このことを天照大御神は聞いて驚かれて、
「私の弟が上ってくるのは、善い心と違うであろう。私の国を奪おうと思ってるのかも 知れない」
と仰せになって、すぐさま髪を解かれてみづらに巻かれ、そして左右のみづらにも髪飾 りにも、左右の手にもそれぞれ大きな勾玉の、五百個もの多くの珠を緒に貫いて巻き持 たれて、背中には矢が千本も入る靱を負い、脇腹には五百本入りの靱を付け、また威力 のある鞆を帯びられて構えの姿勢になって力強く踏み込み、細かい雪のように大地を蹴 散らして、威勢よく庭を踏みしめ雄々しく振る舞い待ち受けて問いただされるには、
「どいう訳で上って来たのか」
と問いただされた。
　速須佐之男命が申し上げるには、
「自分は汚い心はありません。ただ伊耶那岐大御神のお言葉により、自分が泣きわめく ことだけを問いただしなされたので、自分は母の国に行きたいと思って泣いてるのだ、 と申したら、父の大御神は、おまえはこの国に住んではならないと仰せになって、追い 払われたのである。母の国に行こうと云う事情を申し上げようと思って参上しました。 謀反の心はありません」
と仰せになったところ、天照大御神は、
「それなら、おまえの心の潔白はどうしたら分かるのか」
と仰せになった。
　速須佐之男の命は、
「お互いに誓約をして御子を生みましょう」
と申し上げた。