△古事記 中巻 神倭伊波礼毘古天皇(神武天皇)
 
〈宇陀〉
 ところで、宇陀に兄宇迦斯(えうかし)・弟宇迦斯(おとうかし)と云う二人が居た。 そこで、まず八咫烏を遣わして、二人に、
「今、天神の御子がお出でになっている。お前たちは御子にお仕えするか」
とお尋ねになった。
すると兄宇迦斯は、鳴鏑(なりかぶら)でその使いを射て追い返した。故にその鳴鏑の 落ちた地を訶夫羅前(かぶらざき)と云う。
「(天皇軍を)迎え討とう」
と言って、軍を集めたが、なかなか集ることが出来なかったので、
「お仕え申す」
と嘘をついて(御子のために)立派な御殿を造り、その殿の中に押機を仕掛けて待って いたときに、弟宇迦斯がまず参上して、拝礼して申すには、
「僕の兄、兄宇迦斯は天神の御子の使いを射返して、待ち攻めようとして軍を集めたけ ども、集められなかったので、御殿を造ってその中に押機を仕掛けて待ち構えている。 それで、わしが参上して謀略を顕わに致そう」
 
 ここに、大伴連らの祖先、道臣命(みちのおみのみこと)と久米直らの祖先、大久米 命の二人が、兄宇迦斯を召んで、ののしって言うには、
「(お前が)お造り申し上げたと云う大殿の中には、お前が先に入って、お仕え申し上 げようと云う様子をはっきりさせるべきだ」
と言って、そのまま太刀をしっかり掴み、矛をしごき矢をつがえて、(御殿の中へ)追 いやるとき、たちまち自分の手で作った押(おし)に打たれて死んでしまった。そこで、 仕掛けから引きずり出して斬り散らした。それで、そこを宇陀の血原(ちはら)と云う。
 
 しかして、その弟宇迦斯が献上した大饗(おほみあへ、天皇のご馳走)は、全てその 軍隊に賜わられた。  このときに御歌を詠まれるには、
「宇陀の 高城に 鴫罠張る
わが待つや 鴫はさやらず
いすくはし 鯨さやる
こなみが な乞はさば
立ちそばのみの なけくを こきしひゑね
うはなりが な乞はさば
いちさかき 実の多けくを こきだひゑね
ええしやこしや
こはいのごふぞ、
ああしやこしや
こは嘲咲ふぞ」
 
 そして、その弟宇迦斯は、宇陀の水取(もひとり)らの祖先である。
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