△古事記 下巻 穴穂天皇(安康天皇)
 
〈目弱王の変〉
 この事件の後に、天皇は神を祀る床にお出でになって昼寝をしておられた。そして、 その后と語られるには、
「お前は、何か心配事はあるのか」
と仰せになったところ、
「天皇の篤いお恵みを戴いて、何の心配事もありません」
と申し上げた。
 
 ところで、その大后の前の夫(大日下王)との御子、目弱(まよわ)の王は七歳にお 成りであった。この王は、丁度その時に御殿の床下で遊んでおられた。
 そこで天皇は、その幼い王が御殿の下で遊ばされていること知らないで、大后に仰せ になるには、
「自分は、何時も心配なことがある。何かと云うと、お前の御子の目弱王が成人したと きに、自分がその父王を殺したことを知ったなら、心変わりして反逆心を起こすのでは ないだろうか」
と仰せになった。
 ところがその殿の下で遊ばれていた目弱王は、このお言葉をすっかり聞いて、そのま ま、天皇がお眠りになってる隙をうかがって、その側の太刀を取るやいなや、その天皇 の首を打ち斬って、都夫良意富美(つぶらおほみ)の家に逃げ入られた。
 
 この天皇は、御年は五十六歳である。御陵は、菅原の伏見の岡にある。
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