「松館今昔:風物詩」

稲のハサ掛け − ハサ餅食った

 秋に刈り取った稲は、一把ごとに、同じく刈った稲か、ワラかで束ねる。 即ちまず数株を刈り、次に数株をやや斜めに交差させて置く。交差させる部位は、 株元から十数cmのところである。交差させた所を束ねる。何故交差させる かと云えば、ハサに掛けるとき、稲の束を二分して股にして掛けるからである。
 
 次に株元に近い部位を乾かす目的から、まず一足(いっそく)か二足を まとめて逆さに立てて、何日か乾かす。立てる要領は、稲束の結び目が 内側になるように、左右両手に各一把ずつ離して持ち、それを手前に引き寄せる 形で、支え合うように立てる。雨が伝わらないように、同じく稲の束で結び目 を下にして蓋をすることもある。一足とは、六把(束)のことである。
 
 刈り取った田んぼ(方言では、単に「タ」と云う。)には、ハサを架ける(作る)。
 まず二間の間隔で二本の柱を立てる。それに太い縄を結ってハサゴを八段架ける。 柱もハサゴも普通は杉の小径木を用いる。ハサゴが折れるのを防ぐために、 柱と柱の間に、小柱を立てることもある。
 これを一間のハサとして、何間も連結して架けてゆく。
 ハサが倒れないように、各柱の前後及び一番端の柱を、支柱を斜めにして支える。 この支柱のことをチヂと云う。チヂは長さが十三〜十五尺、先の方が二股になり、 ナラなどどっしりと重い材が適しているが、重いとなかなか持ち運びに苦労する。 イタヤカエデやホオノキ、またクリ・イヌエンジュ・ウルシなども用いられた。
 
 株元の乾いた稲をハサの側まで担いで運び、三段の高さまで、各稲の束を二分して掛け、 なお沢山掛けられるように、前後にずらして掛けて行く。
 四段目から七段目は、一人は梯子に乗り、一人は下でサセボ(差せ棒)に 稲の束を一杷ずつ引っ掛けて差し伸べる(又は投げて渡す)。 サセボは、杉のごく細い棒で、先端に二股の鉤を付ける。
 
 最上段の八段目をワソ(上層)と云い、掛ける人は八段目に馬乗りになり、 まず前後(この場合は左右)にずらしながら一段目を掛ける。次にずらさないで二段目 を掛ける。その上に、雨が漏らないように蓋をする。即ち一把の稲束を、結び目を下 にして、パラリと広げて掛ける。これを連続して掛けて行く。
 
 しかし、しかしである。このように難儀して架けたハサや、掛けた稲は、 一夜の大雨を伴った大風で、倒れてしまうことがある。これを、
「あぁ、あっこのエ(家)のハサァ、コドシもハサモヂ(ハサ餅)食ったどやー」 と。
 
 なおここで云う「風物詩」とは、ハサ餅を食ったことではなく、 豊穣を表す稲のハサ掛けの光景である。

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