GLN「鹿角篤志人脈」:相馬茂夫

鹿角の昔ばなし@:特集 八郎太郎三湖伝説 秋田の民話:八郎物語A

 里では花が散り、花が咲き、人が生まれ人が死んで、長い年月が流れた。
 三治と喜藤が年をとって、この世を去ってからも、また何首年、何千年という年月が流れた。
 ただ、竜になった八郎だけは、山の奥の沢をせきとめて、まんまんとひろい十和田湖をつくり、そこの主となって生きつづけていた。
 ながながと、重い水の底にながまって、とろかろと眠りこけていた八郎も、ある日、かすかに聞こえてくるふしぎな声に目をさました。耳をすますと、それは水の上の遠くから、高く、低く呪文となって聞こえてくる。八郎は胸がむかむかとしてきて、しまいには体のすみずみにひらめくような痛みを感じた。
 八郎はかっとなって首をもたげると、つづいて、どろどろとあぶくをたてて湖面へのぼった。
 「だれだあ。しずかなねひりをやぶるやつは。おれは、この湖(かた)の主(ぬし)八郎だ!」
 天まで頭をつきたてて、八郎はぐっと下を見おろした。
 すると、湖の岸辺に一人の坊主があぐらをかいて、数珠(じゅず)をもみながら念仏をとなえていたが、八郎の声に片目をひらいて空をにらんだ。
 「八郎とやら、わしは南祖坊という者だが、諸国をめぐって六十年の修業をつみ、この足の鉄のわらじのすりきれるまであるきにあるいた。いまこそ、わしは熊野ごんげんのおつげにしたがいこの湖の主となるのじゃ。八郎よ。はやばやにそこを去るがよいぞ。」
 南祖坊のことばに、八郎は目から火のをふくほどいきりたった。
 「このびくたら(びっこ)のはなびちょ(はなつぶれ)め! この湖は千年のおれの故郷、なんでお前におれのすみかをわたすものか……。ぐずぐずぬかせばこうしてやる!」
と、たちまち霧をふきあげ雲をよび、千から万の雷を一度にならしてたけりくるった。
 湖は黒い波をふりたて、八郎は三十丈の蛇体をその波にのせて、ただひとのみと南祖坊にせまった。
 ところが、南祖坊はすこしもあわてず、八巻のお経の巻物をとりだし、さらっと八郎めがけてなげつければ、たちまちそれが、九つの頭の竜にかわった。八郎は八つの頭、二八(にはち)十六の角ふりたててこれにむかったが、いや、どうも頭一つたりなくては、なんとしても九つ頭に勝つことはできない。
 そこで八郎はたてがみの毛をひきぬき、火の息をふりかけて無数の小竜をくりだしたが、南祖坊もまた更に声をあらげて呪文をととなえ、呪文の一つ一を小さな剣にかえて八郎めがけてなげつけた。
 これにはさすがの八郎もまいった。
 体のすみずみに針のように剣がささると、その毒気にあてられて体の力がぬけていった。こうして、七日七晩のたたかいの後、八郎は湖の波をもりたてつきくずしながら、ついに滝の雨をふらせ十和田をのがれていったのである。
 やがて、くろぐの雲がきれて、あたりはもとの静かさにかえったが、八郎を失った十和田湖は、いつまでも悲しい叫びをあげて、岸辺に波をうちあげていた……。

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