△第一 趣意書 余が生れは近江の商賈なり。二十歳にして北海道の開墾に従事し、工業会社 を経営し、又鉱業家の端に連なりしことあり。三十二歳、種々の事情により、 現在の経営組織に根本的欠陥あるを疑ひ、一度一切を捨てゝ、今の経済の支配を受け ざる天地に帰れり。 爾来十字街道の行乞を中心とする不二の生涯を続くること十有余年。 僧に非ず、俗に非ず、世に執せず、世を捨てず、常に種々の世業に携はりながら、 而かも其の利益を占有せず、無一物に住すれども、余と余の家族と又訪ね 来る同人の為めに浄き衣食の足らざることなし。 人あり何宗ぞと問ふに答ふる能はず、何主義ぞと尋ねられて酬ゆること難し。 無限の福田あねが故に富者よりも裕かに、一物の常備なきが故に貧者よりも 貧なり。縛されて労働を売らざるが故に他に奉仕して法悦と共に遊戯三昧 と化す。今にして思へば、我曾て多少の資産を有せし時、更に富まんとして 日夜苦労に堪へざりしと共に、逆境に処しても亦同じく不安不足の念に駆られ、 その働現在にだも及ばざりしに、尚且懊悩困憊せざるを得ざりき。 されば貧も富もともに恐怖にして、悠々自然の作務に遊ぶ今日の自在境に 比すれば、到底日を同じうして談ず可らず。曾ては口に勤倹を説きて自ら 行ふ能はず、心に忠孝を思ひて事志に伴はず、富強を策して互に相毀損し、 平和を祈って争闘に終始し、凡て此くの如きを已むを得ざるとなして毫も 怪しまざりしが、今やその大なる誤謬なりしを悟るに至れり。 翻って有史以来未曾有なる現時世界大戦乱の由来と現状とを見、又最近 国内に於ける米価問題騒擾の原因と経過とに鑑みるに、実際問題を成就せん ことを祈れる真の献身的宗教家、又は憂国救世の大願に立てる学者、 政治家、操觚者、教育者、実業家、乃至労働団と共に、互に虚心坦懐、 先利他後利己の慈腸を啓いて、過去の文明、知識、慣習、組織、制度等を 新らしき不二無垢の光明(真良心、真無垢智)によりて、再審改削成就するの秋 来れるを信ぜざらんと欲するも得べからず。 思ふに人間一切罪悪の所帰は、之を探ぬるに因果の関係重畳回互して 混沌錯雑を極め、治者と被治者と、富者と貧者と、文明と未開と、智と愚と、 その何れの一方にのみ全部の責を負はす可らず。寧ろその何れにも罪の因ありと 断ずるの公明なるには如かじ。 是に於て余は先づ自己の罪を懺悔して光明によりて清められんことを懇祷 し、一切の前に奉仕の生活を営み、その安定自在にして豊富充実せるを証し、 共鳴の諸賢によりて応用と研琢とを乞ひ、以て正しき文明と、徹したる平和 との、此の地上に来らんことを哀願せざるを得ず。 此の懺悔哀願の為めに、天華香洞に帰りては六万行願を結成し(この事は 別に説くべし)化城としては一燈園を預かりしに(同じく別に説べし) 茲に又因縁によりて一つの財団を托せらるゝ事となれり。之を処理する 機関を仮りに名づけて宣光社と云ふ。天華香洞は無相の福田ありて 求むることなき生涯なり。宣光社は随喜供托さるゝ世の財物の整理機関なり。 小は一坪の土地より大は国家的世界的事業に至るまで、葛藤と争闘との因と 成らざる方法を以て、真に利用厚生の資となすは、宣光社の使命とする ところにして新生涯の建設的方面と目す可く、又、方今政治家経済家の 特に注意を怠らざることに属す。 先年、奇縁によって管理し来たれる一鉱山を、種々の義務附帯の下に 余の生涯に贈与せるものあり。此頃切りに豊富なる鉱床発見せられ、 愈経営の期熟せるに遭ふ。然るに余は無一物なり。余の生涯の一面に 同情ある善友は売山を勧め、他の一面を理解せる良友は新らしき経営を試む 可きを説く。何れもその世界的平和将来の懇祷と、国家深憂の問題整理の 為めに之を用ひしめんとするは即ち一なり。余は何れの厚意をも感謝す。 而して静かに此鉱山に関する余の一切の責任を調べ、考慮を尽くしたる結果、 第二趣意書によって組織経営せんとする田乃澤鉱業株式会社に之を提供する ことに決心せり。 想ふに此の組織は世間普通に見る商社の目的とその根底を異にするもの 多々ある可く、従而幾多疑問の起るは免がれざる所ならん。而かも余の 立場よりすれば、此くの如きは甚だ自然の帰結と云ふの外なく、此の機を 利用して諸賢の質疑に答へ、之を時局問題解決に対する一参考として大方 の前に提供するは余の大なる光栄にして、又貴き義務なりと信ぜざるを 得ず。願くば諸賢、余が微衷の存する所を諒察せられ、幸ひに同情ある 補正賛助を吝しまれんことを。 今試みにその商社組織の根本目的を摘挙すれば、 第一 人は正しき生活によれば余分のものを強いて専有せざるも、 安定にして又何等の不足なきを得ることを実証し、 第二 而かも因縁ありて自己の所有となりたるものを如何に取扱ふが、 一切と自己との為めに最も正当なるかを研究し、 第三 憂世寡慾の資本家、同じく思ひの労働階級、及び此の両者の間に 立って経営の衝に当る懺悔奉仕の一団とによりて治生産業の上に新らしき 試みをなし、現代資本主義の余弊矯正策に対する一の参考を提供せんことを期し、 第四 以て経済戦より起るあらゆる悲惨なる事件の原因と、其の傷痍とを軽減し、 やがて平和と生活との一致を見るに至らしめんとするにあり。
於一燈園 西田天香 .
田乃澤鉱業株式会社は右の趣旨に共鳴賛同し経営する為め、余は予定額の 約三分の二を標準として一部は物件出資とし一部は売却の予約を為すことゝせり。 |