相馬大作事件 |
六、相馬大作と鹿角 毛馬内(秋田県鹿角市十和田毛馬内)の古町通りは、武家屋敷町で、 どの家も美しい生垣をめぐらしている。この通りには、姫鱒の増殖で知ら れる十和田湖開発の恩人和井内貞行邸跡、江戸折衷学派の泉沢牧太(号は履斎)、 伊藤宗兵衛(号は為憲)の旧宅がある。 泉沢履斎は朝川善庵門下で、伊勢亀山藩に百五十石で召された折衷学の碩学である。 その泉沢家の裏に、相馬大作が津軽公襲撃に失敗した後、1ケ月程潜伏した跡があると云う。 [書相馬子誠手簡後] [泉沢恭助(修斉)] [下タ沢会によせて] [武士道] |