鹿友会誌(抄)
「第拾冊」
 
△文芸
○桜草の精霊   諏訪鳴子生
………
 あゝ春は来ぬ春は来ぬ 我等は遂に咲きたるよ
 香あり色あり精霊あり 此の野に我等は咲きたるよ
 されば散らすな悪魔ども 天の父なる大神より
 幸と自由を与へられ 此の野に我等は咲きたるよ
 されど心なき悪魔等は 慈心もとはに荒川の
 水面(みづも)にながしてかへり見ず 花の天性を破るなり
 然はあれども然はあれ 高雅を愛すお方は
 此の野に咲してながむるよ 自然がまゝをながむるよ
………
 
○俳句春季雑題   鳴子生
 春の雨傘着て漕ぐや渡し船
 春の雨青葉の中に髑髏(されかうべ)
 旅僧や勢多の長橋春の雨
 鴬もなきそこねたる今朝の雪
 日は暮れて蛙の声も木曾の谷
 春の雨墓所に遊ぶ蛙かな
 夢さめて蛙の声の二つ三つ
 行く先の水に飛びこむ蛙哉
 麦圃(はたけ)意気天を衝く雲雀哉
 外国(よそくに)にありても忍ぶ蚕時
 陽炎や蝿止まりけり魚の骨
 犬糞の乾せ固まりて陽炎哉
 掃き捨てし塵の小山や陽炎へり
 髷(まるまげ)の摘草さげて帰る野路
 看護婦も摘草しけり春の野辺
 木の屑の岸に寄り着く春の水
 
○金門湾頭   北米加州 大莞生
 対岸の白壁かすむ海の上 (金門公園、女や子供の衣美しくて)
 金粉(いろのこ)を絵絹に吹くや春の風 (クレーハウス、公園内海岸にて岩あり好景)
 その脛(はぎ)の白きそめんと春の波 (人々皆波入りて遊ぶ)
 
○短夜   暁雲坊
 短夜や投稿取捨する痩せ男
 短夜や雨戸を敲く通り雨
 短夜や自働車過ぎ行く飯倉町
○三田   同
 三田の塾品川湾を目の前に
 納涼や三田丘上の蛍かな
 
○淋しき頃   諏訪鳴子
 秋風寒く渡る時 梧桐の一葉淋しげに
 我が肩かすり地に落ちぬ 淋しき頃もこれよりか
 み空は高く気は澄みて 鳴く声高くかりがねの
 雲井の遠(をち)に消ゆる時 淋しき頃もこれよりか
 西吹く風のそよぐ夕 黄色赤色橙色の
 木の葉の落つる音高く 淋しき頃もこれよりか
 雨ふりそゝぐ長き夜に 閨のまじかの枯れ薮に
 虫の音細く声かれて 淋しき頃もこれよりか
 野べの草木も色染みて 木立淋しきその中に
 山鳥の声もあはれなり 淋しき頃もこれよりか
 
○スクールボーイ   北米 NK生
……こんな歌が桑湊のスクールボーイ間に流行って居ます……
 向ふ通るはスクールボーイ 年は二十歳を越えては居れど
 家(うち)へ帰れば二八の少年(こども) 服は立派に出来ては居れど
 帽は流行(はやり)を逐うては居れど どうせ身体(からだ)に似合やせぬ
 新聞包みに何が入って居るか リーダー二冊に英文辞典
 昨夜(ゆふべ)残ったメートを入れた 御手作りのランチも御座る
 それじゃ英語も大分宜からう 将来(あと)の希望も大きかろ
 聞いて見たれば左程に出来ぬ 片言交りに話しはすれど
 読むのを聞いたら愛想が尽きる 一字一字に拾って読んで
 何処が切りやら分らぬ拍子 イット、イト、イズ、イト、イズ次は
 私や厭きたよスクールボーイ 是で無く共お金は取れる
 チット頭が痛いが君よ チョット玉でも突かうじゃ無いか
 こんな国までくらしに来ない 最早用事にいかではならぬ
 高い月謝を払うた上で こんな苦しい思ひをするは
 馬鹿くさい馬鹿くさい チョイト一〆借しました

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