鹿友会誌(抄) 「第九冊」 |
△文芸 ○古城の黙示 諏訪冨多 (三) 怒り給へばさながらに、果又果の極みなき 天地も今か欝陰の、闇や鎖(とざ)せる心地して 愁、悩の霧こめつ、迷の雨の降るごとく。 思ひの更に乱れては、苦海悲海の渦きに 五体砕けて落るごと、凄き荒びの中にして 天女(かみ)の優しき声なくば、弱き吾等のえ堪んや。 慈悲の御胸和ぎて、情の光おのづから 暗をつんざき暖かく、洩れて溢れて漂よへば 王の御影の美はしう、聖(きよ)きが中に又響く。 「太史開けて五千歳、年は流れの去るに似て 人は淀みの泡かとよ、限も知らず浮べとも 消てはかなき虚無(やみ)の中、哀も更に残らじな。 消ゆく泡の数の中、稀にはかたき旭子(あさひご)の その七色を身に浴て、世を照さんと優しきも 元より真玉(たま)の身ならねば、流るる海に消てゆく。 醜魔狂ふて怒号する、汝(なが)世の暗はかれのごと 邪を払べき無碍光(むげこう)の、汝世の玉はかれのごと されば悲惨の極(きはみ)をも、救ひ和ぐ照ぞなき。 (四) それ大海の只中に、永劫無窮の宮居(みやゐ)あり 潮は八百重(やほへ)の沖遠く、汝世の船に漕行かば 雨に打たれて風に逢ひ、辛くうねりて二万日。 無形無色の幕あきて、空漠混沌光あり 天壌差別成りし時、有象無象や超絶の 境界(さかい)に誰ぞや宮柱、太しき建てゝこれなりぬ。 此宮何ぞ奇(くす)しきや、真純白の丸はしら 銀色匂ふ屋根屋形、清浄風の吹き通ひ、 白雲これに靉びけば、見目(みるめ)まばゆき白のあや。 白殿の内者は皆、白殿の外者は皆、 唯一色の白妙の、匂ふ光に包まれて 永久(とは)は命の燦爛と、常楽界のすがたなり。 荒潮狂ひさかまきて、千波万波のほとばしる それは汝が世の海の面(おも)、かの常楽の汀には 寄(よせ)来る濤もさざめきて、瑠璃の真砂(まさご)に音(ね)も低う。 万古のさびの寂として、微塵の影も動(ゆる)がざる 幽遠なりや宮殿の、八百重八百重の奥深く 露の光も漏らさじと、そこに秘めたり白真玉(しらまたま)。 (五) 真玉の光尊しや、翳さば汝が世人皆は 弥生の空に靄々と、芳雲(くも)と靡ける花のうれ 万点の露、色映えて、朝の光に匂ふごと。 真玉の光尊うしや、かざさば汝が世暗とても 碧落晴れて和田の原、月の桂のもみじ葉の こぼれて揺ぐ金の波、千里万里に馨るごと。 真玉の光尊うしや、かざさば四方に光栄の 心ゆたかに風わたり、光を浮べ暗を閉ぢ 永久の万有(ものみな)、平和(やはらぎ)の理想の胸に休むらん。 妙華荘厳限りなき、真玉の光秘め置ける かの神界はさりながら、盲目(めしひ)に或はそら想ひ 真(まこと)の道に迷ひはて、汝が世の様の哀しさよ。 宇宙を知らず太神の、たかきみ姿おごそかに 汝世遥かに見そなはし、怒給へどしかすがに 慈悲(なさみ)あふるる聖胸や、中に黙示のみ許ぞ。 あはれ宮居の奥深く、秘めたるま玉とり出でて 永く汝が世を照すべく、太神(かみ)の御供(おんとも)諸共に 沼の波又波の中、いざ神界に旅立ん。」 (六) 蓬々琅々天風の、一陣颯とすぎゆけば 神香空に漲りて、天地を照らす金色(こんじき)の 落花の中に自ら、聖歌の曲ぞいみじきや。 天つ女神の出でませば、天楽更に響き来て 何処ともなく神々は まことや春のみ山べに 妙音雲を揺かして、花にや遊ぶ百鳥か。 波は凝結(こご)りて動(ゆる)ぎなく、瑠璃の道のべおらら(三水+豊+盍)にて 香る八千草滑かに、咲ける万木花にほひ 麗美の粧(よそひ)さながらに、憧憬(あこがれ)の郷今こゝに。 百重(ももへ)千々重の波深き 宮居を今ぞ立出でて 色なき色の箱ひとつ、七重に八重に九重に 秘めたるま玉其真玉 開かば如何に吁(あゝ)如何に。 高き御影ををろがみて、神賜の箱ぞ開きたる 慈光世界に照耀(かがや)けば、霊音四方を振動し 東(ひんがし)のそら西の空、永久(とは)の栄えに晴れてゆく。 歓喜の声におどろけば、夕陽沈む山のもと 緑静けき草むらに、忽然夢はさまされて 沼の面(おも)はにさざれ波、峯の松風吹きおちぬ。(完) |