鹿友会誌(抄)
「第七冊」
 
△古城の黙示   諏訪富多
(一)
蒼松峯に聳えては 千古の翠いや深し、
緑沼麓に湛へては 碧水澄みていや清し、
自然の園奇しくも 雲しづかなる眺哉。
 
自然の色は変らねど 栄枯はあはれ世の習、
昔をかたる面影や 名も古舘の荒城に、
我が逍遥の気は遠く 無限の感想群がりぬ。
 
古舘沼は風和ぎて ゆふべ涼しき小波に、
岸の若葉の音も細く 自然の楽をかなづれば、
羅綾の袖を翻し 尊き天女の舞ふとかや。
 
今我がたどる緑堤や、軽く芝生を踏ゆけば、
香懐しき花いばら 木蔭に清く笑ひつゝ、
蘆の葉がくれ水鳥の 声も幽かに聞ゆ哉。
 
柴笛低く嫋々と 余音をかへす幽渓や、
四山みどりの粧の 影や染めけん水の色、
我世の塵は洗はれて 思は清く身は軽し。
 
エデンの園か桃源か 自然の巧無限の美、
松ふく風の音もすみて 清爽心に誘ふ時、
緑蔭涼し草枕 夢縹緲の境に入る。
 
(二)
天楽峯に轟きて 蘭麝(らんじゃ)の香りたなびきぬ、
見よ彩雲の彼方より 慈光四辺に輝きて、
金蓮歩み裳裾軽く 天つ女神は現はれぬ。
 
尊き姿にひれふせる 我に向ひて厳かに、
何の黙示か告るらん 朱唇をもるゝ妙音の、
清く幽かに細けれど 響は深し我心。
 
今世の様をながむれば、只文明と誇れども、
道義は日々に薄れゆき 壊疑の焔渦きて、
魔軍の烟火凄まじく 禍悪天地に漲りぬ。
 
大義の叫び弱くして 魔風に響消え去れば、
飢に悩みた狂ふ鬼 弱者の血汐吸ひ取りて、
嗚呼惨憺の屍は 此処に彼処に散り乱る。
 
慾を貪る醜(こし)悪魔 楽しかるべき人の世の、
自然の法(のり)を破害して 世の罪知らぬ神の子を、
千仭高き流血の 怒涛の中に葬りぬ。
 
悲惨の極よ乾坤は 暗雲迷ひたなびきて、
咽ぶ魔風の絶間なく 凄き流血末遠く、
人世は遂にいつまでも 其凄愴に泣くべきか。
(以下次号)

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