鹿友会誌(抄)
「第七冊」
 
△名物の與作   與太郎
 名物の與作が死んで與太郎が鼻歌で漕ぐ柳の渡し。
 春のうちに三たび三人の兄を送るお露を恨む門の青柳。
 解かむとして其まゝおきぬ誰か手して輪かねしものか青柳の糸。
 「姫様(ひいさま)」の呼声近し被布の君の柳むじりていらへしたまはぬ。
 植ゑなめし土手の柳の浅緑みとりをわけて子等のむれ行く。
 
 永き日を梭の音たえずをりをりは 歌ふも聞ゆ桃さくあたり。
 姫君は風邪のみけしき御衾(みふすま)に 永き日すからむつかり給ふ。
 この夕べ雲も動かず波も立たず 海のあなたに日は沈みたり。
 葭簀はりてこゝに渋茶を売らばいかに 多摩川堤富士見ゆる宿。
 文も読まず歌も思はずば吾病 癒えむといひし人はあれども。
 蓮華草の小雨にひとり傾くよ 小川の水はうす濁りして。
 羞かしは人の情(こころ)か星の恋の 清きに雲のとばり開きぬ。
 おくつきの前にぬかつく少女子の おくれ毛そよぎ秋の風ふく。
 緋桃ありき花屋の鉄咲くを待ちき 咲くべき春を神は与へき。

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