鹿友会誌(抄)
「第七冊」
 
△緑集
○ふる里の夏   みとり生
 宿からむよしさへなくてたひ衣 ぬれてはれまをまつの下かけ
 帰らなん家路思へば旅衣 ぬるゝもうれし野路の村雨
 青葉かけ深しと見れはむらきえの 雪さへのこる奥のみ山路
 訪ふ人も絶へてまれなる山里は き鳴く鳥さへまたれぬるかな
 細かにも見れは青地の夏ころも 千草の花のしぼりなりけり
 たゝすまふ雲のゆくまをなかめても 永きひとひを暮しけるかな
 只来鳴く鳥のいろ音に夏きぬと しらるゝはかり青葉しけ山
 朝鳥の音さへ留めて千草野に 歌ふはにくし誰か花妻そ
 万代も青葉の里は静かにて 緑変らぬ夏のゆくらむ
 山里は日の入る頃そあはれなる 野山静かにくらむのみにて
 かきりなく匂ひぬれとも野の花の いろにはしるき秋にもあるかな
 まゆ月のかたふく野へに露みちて 秋風寒し古里の山
 
○春、更科にたひして
 すてかねて都の春をかへり見れは あすかの山に花ちりみたる
 麓ゆく鈴の音さひしゆふくれて いはゆるこまの霧かくれたり
 春の夜は訪ひくる人も更科や つき見のいほに花さきみたる
 おほろとは春にはいへと今宵しも 田毎にうつれ月読のかみ
 ねさめうきたひねにきけは心なき 谷の流もむせぶとそをもふ
 流れゆくちくま川添花咲きて 十里のなかめ春の風ふく
 ちくま川堤にもゆる若草を しきてしのはんたひのゆふくれ
 うたきゝつ旅衣解くはにしなの 宿のゆふべに昔をそおもふ
 ちゝはゝに畑うちかへすかたはらに すみれつみつゝ子はひとりあそふ
 たひ人の柴折りくへて語ひし たき火のあとに春の雨ふる
 はた中の松の一本かれにかれて たゝ一枝の緑かさしつ
 春日さす上田の宮の朝庭に あまりてにほふ八重桜はな
 
○あめ
 ひともとの灯かけにおもひ乱れぬる たひには雨のふらてあらなん
 ほのかにもそと面をてらす五月雨の まとの灯かけに栗の花ちる
 ぬるゝとも歌にいさみて早苗とる 乙女姿をあはれと見さらん
 きりならはぬるゝともなし蛙なく 小田のまこもにやとる白玉
 ほの白くしかもあはれに見えてはかり あめになやみてさける卯の花
 藤なみのにほふたり花ゆりもせて まひる静かに五月雨のふる
 小雨ふる川つらさひしおほとねの あしまをもるゝ舟のともしひ
 かきくらし小笹かきねのさらさらに 君をししのふ五月雨の窓
 郭公思ひあまりてさみだれの やみ路のさびをひとりなくなる
 
○折々によめる
 うきゆめのさめよとはかり思ひつゝ さめてののちにいかんとすらん
 こもりたるふかき心をたとりつゝ 一本花に哀をしるかな
 やすらひてものとしもなく物おもふ 旅の檜笠に藤の花ちる
 いたましと思ひこめつゝ夕鳥の やみに薄するゝゆくへ追ふかな
 心なく植にし藤や花さかは 親のこゝろの哀と見るらん
 めもはるに夕日かけさす武蔵野の 青はかうれににほふむらさき
 浮くあはの白しと見しか春たけて 沢井の水に玉藻花さく

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