鹿友会誌(抄)
「第五冊」
 
△祭文詩歌
○明治廿七年十二月二日、川口恒藏君の追悼会に臨みて   宮島春松
 けふまてはありつる人と思ひしに 御霊まつりにあふそ悔しき
 
 甲午十二月二日雅楽協会員、鹿友会員及故旧親知相会祭、故川口恒藏君之霊、 聊賦短律一章以供霊前   内藤虎謹具
 有才無命可如何 徴遂文場似夢過 風雨礫川曾曾処 一杯将(酉偏の将)君舞且歌
 
 川口恒藏君のみたまゝつりとりおこなはせらるゝにつき、世にありしときの事なと思 ひ出てよめる   桃澤茂春
 ことにつけありし昔を忍れは まのあたりたつ君か面かけ
 
 月のあかき夜、君が「いつくにて」の歌を思ひてよめる    うみひら
 いつくにて今見るらんとなき人を 忍ふ袂に月そ宿れる
 
 明治二十八年十二月二十七日、殉難之諸霊に向て、此に祭礼を致す、其辞に曰
 人誰か死なからん死して芳名を万世に垂るゝは丈夫の名誉なり男事の快事なり
 諸士、或は骨を馬革に包み、或は敵の毒刃に仆れ、或は病床に剣を案して死す、各 自其境遇を異にすと雖も、報国丹心の致す所たるは、即ち一なり、純乎たる精忠は日月 を貫き、煥乎たる偉績は永く伝ふ、所謂死して尚余栄あるものなり、鹿友会々員一同虔 みて白す、尚くは享けよ
 明治二十八年十二月二十四日
 
○故石川伍一君を祭る詞
 頃は明治はた年あまり七年七月、畏くも我が大君御軍を興し玉ひて、いや広の海を距 てし、韓国を助けんものと、神ながら思ほしめして、清国を討ちきためよと、大詔のら し給ひぬ、海陸の猛き武夫、御言かしこみ、天地の国のまほらと昔よりいひ続ぎ来りた る日の本の国のみ光、外国に輝かさんは今なるぞ、四百余州は広くとも、黄海の波はあ らくとも、などか恐るゝことやあると勇みはやりて攻め寄せけり、
 我か石川の君も、時こそ来れ、今そ御国に報いんと、かしこきや父をも置きて、たふ ときや母か手はなれ、海の外の国のそぎへに、いや遠く別れ行き給ひて、彼の国の内情 、いとつばらかに報しこし玉ひしかば、我か御軍に得難き機を与へ給ひし事、いとさは なりと聞侍る、あはれ唐錦着て帰る君をば見んと、ひたすらに思ひ居りしに、あはれ身 はゑみじの奴に捕へられ、あへなくも露とはかりに、天津に消果給ひけるこそ、いきど ほろしくも亦悲しけれ、今日此祭の場に列りて、特更に君を慕ひまつるものは
佐藤良太郎敬白
 
○森内貞次郎君を祭る文
 萩の下葉も移ろひはてゝ、芭蕉に荒るゝ木枯の、いとすさましき夕暮、鳴き渡る声の 哀しき雁金や持て来つらん玉章はそも何事ぞ、うち見るに悲しき哉、悔しき哉、そは森 内の君か身まかり給へるその知らせ文になんありける、
 回顧すれは、去年の十一月朔日、暁深く青山の原に君を送りまつりし折り、君か部下 の兵者共下知し玉ひし様、今も猶眼の前にあるを、あはれ、その男々しき御声は、再 ひ聞くを得さるか、あはれ其勇ましき御姿は、再ひ見るを得さるか、はや、
 
 おのれ総角の頃より君と交り、或る時は雪踏み渡りて大久保の平にいくさ事したる事 も侍りき、或る時は米代川の辺りに打連れて夏の日を暮したることも侍りき、君は幼く おはしましゝ頃より、学の道に秀て玉ひしはいふも更なり、御性雄々しく、しかも峻し からず、寛らかにおきてさせ玉ひしかば、己は実に得難き友と、かしつきまつき
 
 明治廿年、君はかねて本意かなはせ玉ひて、陸軍幼年学校に入り玉ひ、同しく廿一年 、己も此東京に出たりしが、その首途も、君等と共にしたりき、其後、君は士官学校を も卒へ給ひて、陸軍少尉に任けられ、仙台なる第二師団に赴き給ひてより、心にもあら で疎々しく過もて行きしが、去年の七月、韓国に事起りてより、膺ちて懲せの大詔、君 も亦かしこみ受けて、剣大刀手握りつゝも、彼の国にい渡り玉ひ、威海の水、鳳凰の城 、砦を抜き、城を守り玉へること、風の便りに伝へ聞き、花の下、月の前、思ひ出てゝ は、健かに御勲立て給へかしとのみ、願きつゝありしに、今年十月卅一日は、如何なる 禍津神の荒ひたる日にかありけん、君は台湾なる阿公店に御盛の齢を病に取られ玉ひて けり、額には傷を負ふとも、背には丸はうけじと思ほして進み玉ひし君は、はかなくも 病の床に御命を取られ玉ひて、如何はかり口惜しく思したりけん、哀に悲しなんどは、 世の常なりけり、されば君よ、君か建て給ひし勲は、いや遠に世に伝はらん、とことは に鑑とならん、心易く思ほせ、
 
 今日しも鹿友会の会員と謀りて、こゝに祭の場を設け、しるしはかりの物具へて、君 等か御霊を祭る、天かけりてきこしめせ、思ひきや此御酒、君か亡き御魂に捧げまつら んとは、君か御胸のほとりに、黄金の御しるし掛け給ひて臨み玉はん祝いの席にてこそ と思ひ居たりしものを
 明治廿八年十二月廿七日   大里武八郎かしこみてまうす
 
○殉職諸士を吊ふとて   樋口定三
 花さかん春にもあはで木枯に 折れし桜そかなしかりける

[次へ進む]  [バック]  [前画面へ戻る]