鹿友会誌(抄)第四十四冊
特別発刊「鹿角出身産業家列伝(第一輯)」
 
△高P市松氏
 
高P市松氏
前田鐵工所専務取締役 高P市松氏(壮時代の写真・尾去沢出身)
 
 氏資性温厚篤実、社長前田氏病臥久しく事務を見る能はさるも、毫も不安なく一糸乱 れさる統制と経営を担当して、社長の病枕甚た高し、男子知己の為めには此の心構な かるべからす、氏は有徳の人といふべし、其の使用する部下の不幸には偽りなま涙を流 し幸福には心から喜ぶの人なり、前田鐵工所常に春風和する所以茲にあり、氏の為め 世に伝へたきは、氏の趣味の高尚なることなり、一家挙て弓道に精進し、しは五段令 閨三段の腕前と聞く、家庭に於いては弓箭を飾りて楽みとし、氏の書斎子女の室には額 上必ず教訓の額を掲け遵守を期しつつあり、鹿友会の為めには、常に好意を寄せられつ つあるの人なり。
 本会此の大東亜記念号出版に当り、工場の工業報国の実績を資料として寄送せられた しと懇請したるも、会社の実績は余一人の私すべきものにあらす、岳父の半生の苦心経 営成功せる後に便乗し、爾来守成の役を勤めたるに過きす、専務取締役なりとも、是れ を思ふて自ら自画自讃は憚りありしとて、僅かに左記を寄せらる、其の意を諒として重 ねて請求を中止せり、乍併氏の前田鉄工所入社の理由と産業人としての経歴は次の寄稿 に依りて梗概を知るべし。
 
 高P市松氏(機械工業家)
 株式会社前田鐵工所取締役高P市松氏ハ秋田県ニ生レ明治二十七年上京シ錦城中学ヲ 卒業後採鉱冶金学ヲ修メ尾去沢鉱山、古河鉱業足尾銅山及山形県、石川県、岩手県、長 野県等ノ会社及鉱山ニ勤務シ其間大正二年中東京簿記専修学校商業科ヲ卒業セリ、次デ 長野県大倉組鉱業所ニ勤務中前田家ト縁組シテ姻戚関係ヲ結ブニ及ビ望マレテ大正六年 ヨリ前田家戸主タル前田彌市氏ノ経営セル東京市足立区千住曙町一、六二九番地所在ノ 株式会社前田鐵工所ニ取締役トシテ入社シ爾来社長前田氏ヲ補佐シテ敏腕ヲ振ヒ斯業界 ノ一流トシテ現在ノ基礎ヲ確立セシモ氏ノ努力ニ依レ所多ク従ッテ社内外部等ニ対スル 一般ノ評判モ良好ナリ、而シテ社長前田氏は数年前ヨリ健康勝レザル為爾来静養中ナル ガ業務ハ氏ガ担任シ居リ毎期順調ノ業績ヲ挙ゲツヽアリ
 
 氏ノ所管工場及所在地
 合名会社前田鐵工所 長野県長野市中御所四五番地
 前田鐵工所吉田工場 長野県長野市吉田東町
 株式会社前田鐵工所 東京市足立区千住曙町一六二九番地
 合資会社奉天前田鐵工所 満洲国奉天市末広町八番地

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