鹿友会誌(抄)第四十四冊
特別発刊「鹿角出身産業家列伝(第一輯)」
 
△佐藤忠彌氏
 
七、佐藤鐵工所の全貌
 、佐藤鐵工所は軍需工場の指定を有す、東京高林両工場の敷地建物坪数従業員社員 の員数一ケ年の業績等は絶対に漏洩を許されず、厳秘を守らざるを得す、従ふて其の盛 観を数字を以て紹介するの自由わ有せさるを遺憾とす。希くは諒察せられんことを、記 事するの自由を缺くの欠陥を補ふべく、説明に代へて多くの写真を入れたが、以写真換 記事たるを諒せられんことを乞ふ。
 
八、氏の成功の検討
 所謂成功なるものを、道徳の角度より観察すれば、其の成功は燦然たりと雖も、裏面 には幾多の庇護を容れるの余地あるは常である。成功を修身の徳目として、人を導き教 ゆるの材料として取揚けるのは、吾人必すも首肯する能はさる場合あるを主張するもの である。氏の場合如何、材料の拾集を氏の交遊者間に需め、忌憚なき品隲を試みんとす るものである、無より有を生せしめたる秘訣は何人も聞くことを欲するであらう。氏の 如き一薄倖児は、今日の成功を致せる何か秘伝あらは、其れは如何なるものかを知らん と欲するであらう。氏の今日迄て辿り来たれる道程を仔細に検討するに、オネスト イ ズ ベスト ポリシーの一言に尽くるを嬉しく思はさるを得す、氏は口下手の人である。 無口の人である。胸中万斛の考ひを口に発表すれば、其の何分の一より発表の出来ない 人である。自然口数のない人である、是は口禍招かざる保全の長所である、又其の態度 は大人しく他人の不快を招く点は絶無の人である。之れは人に親まれ長上には愛せられ る長所である、又氏は律義者である、恩借とあれば八百円借れると千円を返し、千円借 れると千三百円も返すといふ人であった、恩借に銀行利子を附けて涼しい顔をして居る といふ不行届きの人でない。月島自営工業組合員中には、氏に対する絶対の信用を博す るに至れるが如く、茲に於いて資金の融通も甚たスムースとなり、金融業者の間にも氏 に融通するもの続出するに至る斯くなれば佐藤工場向上勃興の運兆は既に出来たりと曰 ふべきである。
 金融の自由逐年円滑となり、内に兄弟骨肉の協心戮力の結束堅く、夜を昼を継いての 活動あり、氏の長坂ともいふべき製罐製作は不合格品として返品されることなぐ、納品 期限は寧ろ早くとも遅れす金策の自由、技術の巧、期限の厳守、人の和の四つは揃ふと せば、最早自然の生長発展は当然の事に属すると謂はねばならぬ。氏をして今日あらし めたるもの奇策あるにあらす、インチキをなしたるにあらす、妙計を為したるにあらす、 春秋の筆法を以てせば無口朴訥責任観念兄弟協力和親は氏をして大成せしむと論せしむ るであらう。

[次へ進んで下さい]