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鹿友会誌(抄) 「第四十四冊」 |
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△言上一括「鹿友会の意義」 = 多年に亘る例総会不出席御常連の方に御願ひ申候 = 鹿角には町村長甲斐あると承りて居りますが、其れは行政上連絡等の必要から成立し て居るものと考ひます。此の町村長会以外、鹿角全体を打て一丸とする結束の凝集力と なって居るものは、別に無いではありませんか、勿論鹿角教育会といふものはある筈で すが、其れは国民学校の為めの以外に一歩も出てぬ存在でありませう、然るに我か鹿角 には創立以来半百年以上の古き伝統を伝ふる、鹿友会あります。此の鹿友会の存在こそ、 生を鹿角に亨けたる者の、深き認識を以て其の存在の重要性を痛感し、其の拡充発展に 協心戮力すべきであると考ひます。鹿友会はあればこそ、自己町村出身の先輩の推挽を 蒙るの便も得られ、学費なければ貸費を仰かれ、其の他幾多の便宜は得られて居るので ある。然るに鹿友会を以て、単なる学生若しくは曾て学生なりし者の集団に過きすと看 做す如きは、今日の鹿友会を青年期時代の鹿友会と考ひて居る結果である。尤も昔日の 鹿友会は学生の会より発生したものであるが、今日の鹿友会は、鹿角十ケ町村出身者に して、学問ある者、事業に成功せる者、社会的に身分の高くなりたる者……等一切を網 羅抱擁して居る強靭の紐帶又は大鐵環とも称すべき存在である。鹿友会員名簿より漏れ て居る鹿角出身者にして、相当の人は余りないかも知れぬ。此の意味に於いて鹿友会誌 は鹿角出身紳士録でもある。自己の存在や福祉を世に推挙して呉れる、親切なる一大隣 組でもある。 鹿角全郡より、現に中等学校以上の学校を卒業し、世に立て居る人々を、純然たる父 兄の学資に依る者と、鹿友会の貸費に依る者と内訳して比較して未た調査せさるも、数 に於いて恐らく貸費生出身は多いかも知れぬ。斯く鹿角出身の人的資源を培養して、鹿 角存在を高め、国家に奉公の出来るもの又鹿友会あればこそであります。郷土の人々に 此の点に深き認識を御願ひして、鹿友会の御発展拡充に御協力を御願ひする次第であり ます。 もし夫れ、自分は財産ある、鹿友会の世話にはならぬ。自分には子女はない、鹿友会 の世話になる必要なし、自分の子女は鋤鍬を持て野に耕せば足る、学問を要せすなど従 来の考ひ方を改められす、飽くまで小我の殻を脱ける能はす、自他の観念を超越した、 郷土愛の為めに鍬取る人も、鶴嘴を振ふ人も、馬を曳く人も、土を運ぶ人も郷土の向上 発展には鹿友会を育み培ふより外なしと、認識をして頂きたい。 |