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鹿友会誌(抄) 「第四十四冊」 |
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△発刊の辞 世界歴史に一大劃期を与へ、世界地図の色を変へるべき、大東亜戦の赫々たる戦果の 盛時に当り、我が鹿友会誌を発行するに、従来其の儘であっては、後世に創意の貧困を 憐れましむるであろう。如何にして盛時を反映する会誌とすべきやの構想の下に、茲に 明治初年以降の鹿角出身産業人伝を編纂して、会員各位の清覧に供するに決し、約三十 人の産業人に発刊の主旨を述べて、資料の寄稿を乞へたり、然るに絶讃を博して直ちに 寄稿せらるるあり、無言の拒絶をせらるるあり、謙遜の辞を以て辞退するあり、再参の 勧誘に寄稿せらるるあり、斯る波紋の下、漸く集録するに至りたる資料は、即ち本誌で あります。 抑も鹿友会誌は、鹿角及び他地方在住鹿角人の事業、幸福、栄達……等を一切網羅し て後世に遺す記録とも見るべきものである。会員の善事美行、栄達福利を見ること我が 兄弟の事の如くに考ひ、毫も羨望も嫉妬もなく大乗的に取揚けて其の歓を分つ、我が鹿 友会誌の如き、他に類例乏しかるべしと考ふるものである。内藤長一先生の如き人出て、 再び鹿角史に筆を染むる者あらば、従来よりの鹿友会誌は、其の資料の大半を提供する であらう。大東亜戦記念号たる本誌に輯録せる各位の芳名は、蓋し永久に伝はるべきを 確信するものである。自叙伝とは異なり鹿友会の伝統の精神を以て輯録する本誌は、後 世に信を伝ふるものと信す。 既に忘れられたる人、忘れられんとしつつある人、今を時めぐと雖も又忘れられるべ き運命の人、本誌の発刊に依りて再生し、其の永遠の生命を有する人として、本誌を通 じて其名後世に遺るべく、各位の為めに時を得たるを賀するものであります、昔源義経 は鞍馬山に蟄居時代、源家の系図を読んで発奮したといふが、数十百年の後、各位の子 孫は本誌を見て必ずやインスピレーションを感受する所ありませう、聊か発刊の辞とす。 |