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鹿友会誌(抄) 「第四十三冊」 |
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△川村顧問古稀祝賀会、青山・湯瀬両顧問の古稀追祝賀会「祈願文」 時維れ昭和十五年四月二十八日、川村、青山、湯瀬三顧問古稀祝賀の良辰なり。 各顧問は鹿友会に於ては、各々特殊の存在の意義を以て会員の上に推量せられたり、 鹿友会五十有二年の歴史に顧みるに、今日の盛会を致せるの功績は、全く三顧問の賜物と 謂はざるを得ず、曩に五十周年祝賀の際、南部同郷会は鹿友会を以て実に驚異に値ひすと祝し、 秋田社は他に県人会、郡人会、同郷会等あるも五十年の継続し居るは、鹿友会のみなるべし、 而かも其の基礎鞏固、奨学資金の設あり、各方面に人傑を出し活躍するものあり、此の鞏固 の会を創設せるは鹿角魂の為めなるべし云々と、内観すれば尚ほ多くの為すべきもり、 改むべきものあるは勿論なりと雖も、第三者より謂はしめば驚異の存在なりと称す。 是れ実に三顧問の各特殊の存在として、会の為めに御尽力を賜はりたる為めと謂ふべし、 抑も徳は孤ならず必ず隣あり、三顧問の会員に与へられたる偲慕の情は、必ずや後進の会員の 学んで以て徳を養ひ、己を恢宏し、其の後の会員に学ばしむるものなるべし、之れぞ鹿友会魂 として伝統の精神となるべきものなり。 嗚呼人徳の大なる、何ものか之れに比すべきものぞ、今日三顧問の古稀を祝するに当り 回顧すれば、感激に堪へず。 聊か祝意を表して多年の御高恩に謝す。 神明冀くば加護を垂れよ、御長寿を祈る。 昭和十五年四月廿八日 鹿友会々員代表 齋藤國太郎 |