鹿友会誌(抄)
「第四十一冊」
 
△思ひ出の記事
○私の幹事長時代の思ひ出
 此の機会に、自分の短き経験に基いて、「本会に対する希望の二三」を述べ、責を負ひ度いと存じます。
 鹿友会の五十周年祝賀会が間近かの事で、記念事業の相談なども数回重ねられ、当事者たる幹事並に 委員の方々が一段の努力を払はれつゝあるのは、誠に感謝に堪えぬ処と存じます。
 
 人の世は五十年と申しても、五十年位で世を去る人は別として、実際社会に立働くには、五十歳位から 真価を発揮し、縦横に手腕を振はるるではないでせうか、本会の発展もこれからと申す事には異議のない 処としても、それとこれとの意味は、余程異なるもののあるは言を俟たぬことで、此処数年来、本会の 諸会合に出席する学生の少なくなった事なども遺憾な次第で、此の原因には、色々事情の存する事とは 察せられますが、近来学生間に諸種の会合があり、時間と費用とを要する事、昔日の学生生活とは 程遠きものがあり、それに諸先輩の仲間入りして、窮屈な数時間の我慢に堪えぬといふ事でも ありますまいが、兎に角会に対する関心が薄らいで行く様な気が致します。
 
 かゝる事情に在る本会としては、後継者を失ふといふ重大な事にも考へられるので、学生の多数が 競って出席する様な気分助成を考究せねばならぬ事で、此の芽出度き五十周年を迎ふるに当り、真剣に 案を確立して、邁進するは更生の一途であるとも信じられます。
 
 又一方学生諸君も、自分達の大先輩は五十年もの昔から、鹿友会なる郷土の会を組織して呉れて、 此の間一方ならぬ努力の結果、現在では郷土の会として十分他に誇り得るものに仕上げ、残された 事に感謝の念を持し、これを後続し、より以上の会とする事に、責任と関心とを持って、所謂祖父の 遺したる家を空家とし、引いては廃家とせざる様充分の留意あって、即刻より会に接近し、自分たちの 会としてこれを楽しみ、これを守り、これを育て行く様にありたいと切望する所以であります。

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