鹿友会誌(抄)
「第三十五冊」
 
△こぞのうた   阿部安平
 うらうらと陽炎ゆらぐ野の末に けぶり立つ見ゆ野火もゆるらし
 校庭の柳のみどり風のむた ゆらぐ卯月は心うれしも
 にはたづみにゑがく輪ごとに山吹の 影うすゆれて細き雨降る
 燭とりて君をおくれば夕闇に ほのかにゆらぐ山吹の花
 梨の木のうれの葉の数ゆれさやぎ 風たちてきぬ驟雨来るらし
 父まさぬふるさとさびし来て見れば やれしまがきに昼顔咲きて
 けならべて今日も雨降るものうさに 芋のさやぐ音聞きて居り
 からす瓜はひまつはれる裏の垣に 螽斯鳴き山居さびしも
 
  八幡たいをよめる五首★
 日もすがらむかぶす雲のはれやらぬ 八幡たいは遠きだけ山
 今朝すみしみ空のはてにおほらけく 山はらすゑて動かぬその山
 おくれ来し友呼ぶ声に二重三重 山彦かへしみ山は深し
 褐色に水すきとほり底の岩 ごろごろと見えて魚すまぬ沼
 雪渓を行けばたちまち霧湧きて 頬吹きつくるその冷かさ
 
 甲武信岳三国続きの向つ山 さわやかに見えて今朝秋はるゝ
 海よりも澄める房総の空にして あきつの如く飛行機小さし(本牧にて)
 朝の陽の光さしこむ部屋ぬちに 小さき埃こゝだ舞ふ見ゆ
 
  妻をおもふ二首
 早池峯に雪は降りぬと言ひて来し 妻をおもひぬ今宵は寒し
 萱の穂に照れる夕陽の野の道を 君と帰りしゆふべもありき
 
 あなどりと世のさげすみと貧しさに 我はなれたりみそぢの年を
 停電のま暗き室に膝抱きて 「独居は気楽だ」などと思へり。

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