鹿友会誌(抄) 「第三十四冊」 |
△十和田湖の歌 毛馬内 黒澤小蓉山人作、東京 豊田旭穣女史曲 山は静かにして太古の如く 水は清うして鏡に似たり。 花も若葉も美しく 夏さへ知らぬ涼風に 澄み渡りたる月の影 湖辺を繞る山々の もゆる紅葉は綾錦 げに仙境の眺めかな。 十和田神社を拝せんと 鳥居の前にのり捨てゝ 舟も休屋仰ぎ見る 社頭に古りし杉木立 崖を攀ぢれば宮ありて 更に進めば巌頭に 南祖ノ坊の小祠あり 稍を透きて波の影 苔のほそみち戻るとき 神々祭る岩穴に 拍手ひゞくこゝかしこ 茂る大樹の影暗し。 汀離れてゑびす島 大黒島もならび立 千代の松ケ枝みどりこく よする小波音清し 蓬来島や鎧島 かぶと島など左の見 奇峭にとめる島影は おくり迎ふる遑なし。 波幽邃の入江より 鉄梯攀づる自籠の 奇巌の高さ数十丈 天にのぼるの思あり 高砂浦や九重の 浦をめぐりて中山の 波に浮寝のをしどりは 夢もまどかに結ぶらん。 長汀曲浦名と共に かはる景色の面白く 繊麗優美をたゝへつゝ 暫しは祈る占場 自然の翠微碧水は 妙を極めて東海の 千丈幕を仰ぐ時 赤壁高く松青し。 大磐石のたゝみ石 碁盤の石も奇観なり 朝日夕陽に浮沈み 湖面かすかに頭角を あらはす岩こそ御門石 鴎むれ立又とまる 明媚の景は雄大の 天地となりて果もなし 湖水は緩く子の口を 流れて川の断崖に 巾千丈の滝となり 奥入瀬路に音高し。 むかし翁の句に曰く あゝ松島や松島や その松島の景よりも 岩に千古の光あり 春夏秋冬とりどりに ながめ尽きせぬ樹々の数 まして天女の羽衣を 洗ふが如き水の色。 帰るかなたに聳えたつ 養魚場こそこの湖を ひらき初めたる和井内の 翁が努力の記念なり。 誰か云ふ水清ければ魚棲まずと されど人の力は偉大なり 臥薪嘗胆幾十年 今や無限の鱒の湖 辛苦経営勝所聞 魚児数万自成群 五湖不及十湖好 貨殖今看緑綬勲 偉人の面影しのびつゝ みかへる峠につきせざる けしきながめて我が魂は 神秘の境に舞ひ遊ぶ。 − 完 − |