鹿友会誌(抄)
「第三十冊」
 
△想起す故人十三氏
内田守藏氏
 借りた金は貰ふた気で居り、貸した金は与へたと考へて居る、質屋に出入するのは女房の実家へでも 遊びに行く位に考へてゐたと形容しても、敢て過当でない。天稟の楽天居士。未だ春秋に富むに、 検事として京城にあり、一夕酔ふて愛閨仲子夫人に介抱せられつゝ眠り、翌朝見れば、コハ如何に三寸 の息絶えて、五体は冷却強直して居た。
 其の死や大往生、其の逝くや斯の如く苦労なきものであった。俺は今、会則の許さぬ罪を為しつゝ あるものだ。自ら位三等を下した古人に学び、我れ会を退かざるべからずとて、会に出席を遠慮したり、 葉書で実家に居る妻君に離縁状を書くに、三行半に書き上げるに苦心して曰く、却々六ケ敷ものなりと、 其の為人偲ぶべし。天、若し寿を仮さば、鶏林の地に、此の奇抜の人ありて、我会を潤色して居た であらうに、今や亡し。噫。

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