鹿友会誌(抄)
「第二十七冊」
 
△おぢい様の御たまの前に   横山靜子
 私の大好きなおぢい様、今頃はどこにゐらっしゃるのでせう。なぜ、わたくしたちを おいて、遠い遠いお国へ行っておしまひになったのでせう。
 「一日も早くおなほりになるやうに」と、幾度神様にお祈りした事か、それでも、神 様は遂に私の願を聞いて下さいませんでした。考へれば考へる程残念でございます。
 あの西洋間のベランダで、椅子に腰かけながら、新聞を読んでゐらしったあのお姿は 、今も忘れません。
 わたしが、ピアノを弾いて居ると、眼鏡越にヂット御覧になって、『上手だなァ』と 言って下さいました。
 あのにこにこしたお顔を、もう再び見られないのかと思ふと、悲しくて悲しくて仕方 がございません。思ひ出すのは昨年のことで厶います。初夏の朝早く、おぢい様に連れ られて、植物園に行きました、おぢい様は覚えていらっしゃるでせうか。
 
 あの時名も知らない黄色いお花が、沢山咲いてゐました。そして、『おぢいさんは、 眞黄色が好きだ、あの花のやうに』とおっしゃったでせう。
 だんだん夏が近づいて、又あの頃の黄色い花が咲く時が参りました。私は、おぢい様 のお墓のまはりに、一ぱいあの花を植えてさし上げたいと思ひます。
 おぢいさん! 私もいよいよ跡見の生徒になりました。おぢい様が病院のベットに寝 ていらしった頃、私が跡見女学校に入学したといふ事をお聞きになって、母様の顔を御 覧になると、『靜子お目出たう』と言って下さったさうで厶いますね。後で母様が、泣 いて話して下さいました。
 
 紫の着物に、紫の袴で、元気に学校へ通ふ姿を、おぢい様に見ていたゞいて、喜ん でいただくことの出来ないのは、本当に本当に残念でたまりません。
 わたしの大好きなおぢい様。
 どうぞ、このお手紙を 私の知らない、遠いお国でお読み下さい。ただ、御返事を待つことの出来ないのは、本 当に悲しいことで厶います。けれども、この下手なお手紙が、おぢい様のお心を慰 さめる事が出来ましたなら、私は満足して居りませう。
 おぢい様は、あの美しいお星様になって、高い空からじっと、私を見てゐらっしゃる やうな気がいたします。
 あの沢山なお星様の中で、どれが私の大好きなおぢい様かと、窓をあけて眺めて居り ます。
 それでは、
 おぢい様
 おやすみあそびせ。
        靜子
(一四、三、二六夜)

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