鹿友会誌(抄)
「第十九冊」
 
△鹿友会奨学事業報告
○貸費生卒業及死亡
 大正五年度に於ける本奨学事業は、前年に引続き貸費奨励の実を挙げつゝあり。大正 三年東北大学実科を卒業し、次で根室牧場に勤務中なりし貸費生山口岩吉君は、別項記 載の如く病を得て、郷里宮川村川辺に帰省して静養したる効なく、遂に再び起たず、昨 年四月、前途有望の身を以て夭折せられたるは、邦家の為将た本郡の為痛惜に堪へざる 処なるが、一方貸費生豊口うめ子君は、本年三月蛍雪の業目出度く卒へて、光栄ある月 桂冠を戴き、お茶の水なる東京女子高等師範学校を出で、直に東京深川区私立中村女学 校教諭として就任、女子教育の為に尽瘁されつゝあり。我が鹿角郡出身者にして、女子 高等師範学校を卒業したるは、実に豊口女史を以て嚆矢となす。吾人は衷心、女史の為 に自重自愛熱心、職責を尽されむことを祈るものなり。

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