鹿友会誌(抄) 「第十六冊」 |
△和歌一束 テムヤ ほろほろと広き街道にアカシヤの ちりそのぬれば秋の風吹く アカシヤの葉散り初めと文をせし 少女の心に泣かるゝゆふべ 石狩の河浪青き一とすぢの きはみに秋の白雲の湧く 紅の花べんに哀し其のかみの 君がみふでの跡の残れる しばし見ぬ初恋人を見る如き 心地こそすれ秋の駒ケ嶽 夕されば森に風鳴る針を持つ 吾が指に見る秋の寂しさ 海ごしになかむる山の紫の 雨にまじれる悲しき光り 山見ればあるかなきかのかなしみの 心にそゝぐ秋の白雨 思ふこと黄金の文字に表はれぬ 月なき宵の大空の星 世の人の最大のかなしみ集ひ来よ つどひきたれとまなこをつぶる おほどかに月の下ゆく紫の 雲のゆらぎに物のかなしき かぎりなき樺の林に夕ぐれて 十勝国原秋風の吹く 花輪に帰省して 大太鼓音を囲みて村人の 踊り明さむ祭早や来よ 紫の山の麓に詩の如く 哀しく生ける古里人よ 谷合の滝のしぶきに面たれて つゝましやかに姫百合の咲く 老いませし母の前にて泣く涙 とゞむる術を吾は知らなく かなしければ昼は終日雲を恋ひ 夕べは君をほのかに偲ぶ 古里のふるき習慣に吾が友は 黒く歯染めて人妻となる 古里のいでゆの村に馬に引ける 少女の唄に泣かるゝゆふべ 山に河に古き伝説の数多き 吾がふる里の夏はなつかし 吾泣けば瞳をはりて冷やかに 人形笑ふ秋のゆふぐれ 人形にお菓子与へていたはれる 昔の吾にかへりけるかな 北の海の真白き砂に君が御名 画きてほゝ笑む淋しき心 紅の如き清く哀しき恋を捨てゝ すがすがしくも秋の日を待つ 淡あかき心の傷のかなしみに 心して吹け初秋の風 一筋の花咲く路にきみと別れ 盲目ひたる子にゆく道示せ つゝましう小窓に寄りて遠つ人 思へば夕の悲しみ来る 捨てよと云ふ心の声に驚きて 恋を忘ると念ずる心 ひと葉二葉青きはのちる草の上に 絶えつたえずみこうろぎのなく かなしさにトンボ捕へてダリヤ咲く 園の真昼に一人戯る ほぞほぞとみゝじの唄の流れ来る 茄子畑のゆふべは哀し 夕雲は赤き袖ふり古里の 吾がゆく路に誰を待つらむ 走れ汽車現の友が笑顔して 吾を迎ふる停車場に疾く 今日も亦森の小家にしみじみと 小雨そほゝれ木の葉ちらして トラピスト(函館土湯の川村にある修道院にゆきて) トラピスト秋の真昼の日をあびて おごそかに立つ塔のかゝやき 聖くして哀しかりけりトラピスト 祈祷の歌の弱き声々 白き花あまた咲きけりトラピスト 夕べの鐘はあまりに淋し 白衣着て聖母の像にひさまじき 祈れる人の尊かりけり |