GLN「鹿角の温故知新への旅・鹿角先人列伝一覧」

『ファウスト』と町井正路:宮澤義臣氏特別寄稿A

 町井氏と夏目漱石の関係についても全くの初耳で,町井氏が漱石門下だったのか,だ れかの紹介で出版の口利きをしてもらったのか,そこらへんのことが是非知りたいです。 (ご存じですか?)
 
 実は町井氏の『ファウスト』は東京堂から出版されております が,本来は冨山房から出版される予定だったのです。森鴎外が文芸委員会より『ファウ スト』翻訳を委嘱されると冨山房は町井氏との契約を反故にして,鴎外の翻訳を出版す ることにしたのです。これについて,岩波書店版『鴎外全集』(第12巻)によると,鴎外 は上田敏より抗議の書簡を受け取ったようで,上田に対して鴎外は,町井氏の翻訳の話 は知らなかったし,町井氏に対して冨山房が違約したことも知らなかった。旨の返信を 送っています。このような経緯からしても,明治45年の町井正路訳は難産に難産を重ね て生まれた本だと思います。町井正路訳『ファウスト』は本邦初訳ではありません が,初の散文訳であり,高橋五郎訳にはなかった,注釈や解説,(当時はまだ翻訳されてお らず,半年後鴎外訳がでるまでその存在すら日本語では紹介されていなかった可能性の ある)第2部の概要紹介など町井氏が原書や英訳本,解説書等で勉強に勉強を重ねた成果 であることが読み取れます。
 
 ファウストに親しむきっかけが,札幌農学校時代に新渡戸稲造校長のヨハネ伝講義に おいて,ゲーテの『ファウスト』の1シーンが言及され,さらに作品の概要が紹介された ことであったのも序に書かれています。(貴HP掲載の『鹿友会誌』第38冊では「帝大在 学中に卒論の為に十和田を見る」とあります。札幌農学校の後に帝大に進んだのでしょ うか?当時は帝大は東京帝大か京都帝大しかありません。)町井正路は国立国会図書館 の蔵書では『ファウスト』以外は全て農学関係の著作しかありません。(彼を翻訳家と 紹介されておられますが,他に翻訳があるのでしょうか?)恐らく当時も門外漢のディレッ タンティズム視されていたのではないかと思います。本人も序において,「自分は文学 者では無い,世の所謂文士では勿論無い,又所謂翻訳家でも無いのである。」と冒頭に 書いているのです。故に冨山房との契約もかなり異例ではなかったかと思いますし,違 約後冨山房の向かいにある東京堂より出版するにあたり,大変苦労したのではないかと 思います。もしかすると漱石の役割はそこらへんにあるのでは?と推察しております。 (残念ながら岩波書店の『漱石全集』では漱石と町井の間には書簡すら確認できません でした。)さらに前述の鴎外への抗議文の差出人がなぜあの『海潮音』の上田敏なのか も不思議です。町井氏は上田敏と知己であったのでしょうか?町井氏の札幌農学校時 代,(帝大時代)の交友関係が明らかになれば何か分かるかも知れません。
 
 町井訳の序文を読む限りでは,高橋訳の漢文訓読調は難解であり,新たに出版される という鴎外訳も恐らく荘重で難解な訳文であろうから(これは当時鴎外の名訳『即興詩 人』が荘重な文体であったことで,世間がそのような文体を期待していたようです。実 際は違って鴎外は相当批判されました。)自分は素人がドイツ語の原書と格闘するとき に参照できる訳本,散文訳が必要だと推察してこの翻訳を完成させた旨書いてあります。
 
 偶然貴HPを拝見させていただいたおかげで,今まで知らなかった町井正路氏の一部分 が垣間見られた気がします。ありがとうございました。

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